#  287

solo-duo-trio
2010年10月24日(日)@四谷三丁目・喫茶茶会記
reported by伏谷佳代/Kayo Fushiya
photos by Kayo Fushiya except Mori-shige by森重靖宗

Norberto Lobo/ノルベルト・ロボ (g)
Giovanni di Domenico/ジョヴァンニ・ディ・ドメニコ (p)
Mori-shige (cello)
高岡大祐 (tuba)
坂田明 (s.sax)*ゲスト

10月24日、肌寒くどんよりとした日曜日は四谷三丁目の喫茶茶会記へ。日本・イタリア・ポルトガル混成のインプロ・ライヴ。「渋さ知らズ」などを経て、現在はベルギーのブリュッセルを活動拠点としている、テューバの高岡大祐が中心となってオーガナイズしたもの。
メンバーは多国籍にわたるがブリュッセル・ベース(もしくは、彼の地での演奏経験あり)。Norberto Lobo (ノルベルト・ロボ; ギター;ポルトガル)、Giovanni di Domenico (ジョヴァンニ・ディ・ドメニコ;ピアノ;イタリア/在ブリュッセル)、高岡大佑 (テューバ;日本/在ブリュッセル)、mori-shige (チェロ;日本)、という顔ぶれ。さらにこの日は、ぶらりと坂田明大将がご訪問、飛び入りでセッションするという贅沢なハプニングも。ちなみにライヴ後にミジンコの講義付き。DVDを観ながら実際に解説を受けた (ミジンコは複眼で血管はなく、血液は透明なのにうんこは黒いことなどを知った)。ジョヴァンニ・ディ・ドメニコ氏、興味津々のご様子。「微塵子」という単語まで覚えてしまった。おまけにあの坂田節「アハハハハハハハハハ」を間近で堪能。喫茶茶会記のアットホームな雰囲気と相まっての贅沢なひと時だった。

プログラム構成はNorberto Lobo ギター・ソロ→Giovanni di Domenico & mori-shigeデュオ→高岡大佑テューバ・ソロ→坂田明参入の全員でのセッション、という4部構成。あまねく「インプロ」と呼ばれるものはそうかもしれないが、「肉体と楽器との接合点、あるいはその出会いの瞬間の物語」ということに還元されるのではないか、そして、その「楽器」と「肉体」の範囲をどこまでとするのか、という拡大・膨張する価値観の一途 (いっと)。そんなことを再認識するものとなった。

● Norberto Lobo ギター・ソロ

ポ ルトガル人のギタリスト、という以外は前情報一切なし状態で拝聴。6弦のシンプルなアコースティック・ギター。12弦のポルトガル・ギターの登場もちらっと期待したが、6弦一本勝負。右手親指の爪が鋭角的に異様に長いのがまず目につく。爪ピックか。なるほど、この奏者のスタイルには、フィンガー・ピッキングによってのみ活きてくるオーソドックスなメロディ・ラインとベース・ラインがある。緻密に黙々と弾き分ける、手仕事的なキメの細かさがまず魅力だ。弦一本一本をきちんとしなわせ歌わせる (二弦を手繰り寄せてのプリペアド的アプローチは後半でただ一度感じたのみ)。指・爪の微細な角度や動きが そのまま音の陰影に見て取れるのが、非常にクリアな印象を生む。インプロによくある唐突な破綻などはなく、あくまでなだらかで自然なヤマが描かれてゆく。特筆すべきは、そのさらっとしたテクスチュア。技巧的にも音楽的にも、いわゆる「民族音楽」的な要素はまったくない (かえって今時珍しいのでは?)。スペインのテクニック・バリバリの見せつけも、ポルトガルのどんよりとした憂愁も、北アフリカのイスラム要素も、ブラジルのボッサ・ノヴァも、ありそうでない。すべてが中和され、そよいでいる。「不定であること」において安定しているのだ (浮遊感ではない)。さらっと通り抜ける微風。ちょっと詩的にまとめて、「旧大陸と新大陸の中間の音楽ですね」と後で言ったら「そのつもりだ !」とのこと。帰る処は海上、という意味でポルトガル的?この日は二曲を演奏。後から物販コーナーにCDがあったので、曲名を覗くと"Brisa Bionica" (ブリザ・ビオニカ;「生きているそよ風」)なる一曲が。「さっきの曲これでしょ?」と訊いたらやはりそうだった。

●Giovanni di Domenico & mori-shigeデュオ

ローマ出身でオランダのデン・ハーグ音楽院で古楽を学び、現在はブリュッセルに住むというインプロヴァイザー・Giovanni di Domenico (ドラムもこなすという)と、写真家・森重靖宗としても活躍するチェロのインプロヴァイザー・mori-shigeのデュオ。ピアノは蓋をすべて開放のアップライト。静かにコードを押さえるピアノ・ソロでスタート。音そのものよりは、「音を出そうとする」奏者の情念のほうが強く全面に押し出される。場の雰囲気そのものが迫る気圧(けお)感。そこに鋭角的に注入される無音すれすれのチェロの擦弦音。音が実際出るまでのひりついた静かな緊張感がいい。一気にピアニッシモからフォルテッシモへと移行する、そのデュナーミクはますます大きくなり、ゼロから最大まで移行する時間はますます短くなっている、最近のmori-shigeのチェロ。ここで文字通り空気に風穴が開き、切り裂かれる。さまざまな音の開示にもってこいの時空が出現する。デュオ構成を活かし、異なる音域と属性の音を絡ませてゆく。ソステヌートの効いたピアノの高音×擦弦の効いた倍音気味のチェロ音、内部のマフラー部分を後方へたくし込んでプリペアドしたピアノ×弓の木目部分でノイズを強調した金属質のチェロ、音出しまで至らずに鍵盤の寸時で留める「指かぶせ」によるノイズ・ピアノ×チェロのピッチカート、などなど。一曲目の最後が消え入るかのようなパーカッシヴなノイズで終焉したのと対照的な二曲目の冒頭。あまりの弾き (はじき) の強さにチェロのD線が外れる。その脱臼音が衝撃。すべてが唐突で、理性による予測の範囲外にあるのがmori-shige音楽の醍醐味だ。その感覚の際 (きわ) をざらざらと撫で続ける音楽は、例えば1930年代のドイツなんかだったら真っ先に「退廃芸術 (Verbotene Kunst)」の烙印を押されかねない「割り切れなさ」に満ちている。対するピアノは、奥底を探るようなアプローチが目立った前半と比較してスタッカート気味の躍動感あるプレイが目立つ。しかし、Di Domenicoのアプローチは現代楽器へのそれではなく、古楽器に纏わる「不自由さ」や反応の鈍さを、敢えて現代楽器で再現しているようにさえ見える。内部のピンをプリペアドしたり、マフラーをはぎ取ったりして、よりピアノを構成する材質の素材そのものの音に近づこうとする。打鍵するときの体の動きも独特。腕を振り落とすときに音を出すのではなく、振り落としてバックするついでに音を掴んでくる感じのスタッカート。こうすることにより、少々音に粘着質が生じる。アップライトにしては鳴らし切っていたが、通常のグランドピアノでの音の伸びと響きを聴いてみたかった。

高岡大祐 テューバ・ソロ

「人は見かけによらない」ではないが、楽器もしかり。テューバほどの容量の楽器、そのべルいっぱいに鳴らしきるほうが、熟達者にはかえって楽に違いない。がっしりした体躯の高岡大祐 (ブリュッセル・シーンを中心に、欧州インプロ界隈で着実に活動の幅を広げている)、爆音を予測して席を後方へ移動したのだが、取り越し苦労。音量ではなく、「しくみ」としてのテューバ構造を活かしきった、ユーモア極まる演奏。音量は必要不可欠な分量へとコントロールが効いている。タンギングのように空気を通低音として鳴らし、そこに平等の配分で通常の音出しと、高岡自身の「鼻をすする音」なども織り込まれる三重奏。三者三様に独立したまま共存する音たちが生む、時にポーカーフェイスなユーモア。楽器と肉体、ノイズと通常の音、の区別は限りなく揺らぐが、「区別すること自体無意味だ」と、その自嘲気味の音たちが自ら語る。次第にブクブクとしたタンギングが存在感を増しベース・ラインとして活用されるなかを、”F”音のリフによる豊かなヴァリエーションがファンファーレのように盛り上がってゆく。管の外側を叩いてノイズを付加しつつ、ひと塊りの倍音列をミニマムにリフしてうねりを増してフィニッシュ。大音量を出したわけではないのに痛快な存在感を残した一幕。

mori-shige/Giovanni di Domenico/高岡大祐/*坂田明(飛び入りゲスト)

最初に結論を言えば、ノイジーな「未決定音」を頻発させる三者 (cello/tuba/p)のなかに、艶やかに朗々と鳴り響く坂田明のサックスが加わることで、音楽全体に焦点が生まれ、サウンド全体がぐっとタイトになった印象。坂田明のあらゆる側面での「年季」のみが生みだし得る豊穣なる音の照り。擦弦によるチェロと、タンギングがくぐもった地鳴りのような効果を生むテューバ、オーソドックスに吹かれることで還って異端な雰囲気を醸すソプラノ・サックスの合間を縫って、天上より舞い降りてくるなめらかなピアノのアルペジオ。Di Domenicoの見通しの良いサウンド構想が現れる。次にピアノ内部のマフラーをピアノ弦にかぶせてのプリペアドし、音の伸びを抑え込んで低音部を鳴らす。ピアノの存在をニュートラルにすることで、そこに乗ってくるサックスがさらに色味を増すことを確認しつつ、次第に静かな伴奏へと移行。チェロのかすれ音と、巨大なテューバが醸すぎりぎりに抑え込んだピアニッシモが加わり立体的なサウンドに。一旦野放図に空気に充満したかに見えるサウンドが、チェロとサックスが高音部を、ピアノとテューバが低音部をそれぞれ担って両極へ別かれるドーナツ化 (?) 現象もメリハリが効いている。中盤に高岡のテューバがベース・ラインを担い、全員参加でのクライマックスへ向かうが、あくまで音量ではなく「音出し行為」による総和。楽器の属性ではなく、それぞれの奏者の個性で総合する。循環奏法的にブレスを送り続ける高岡のテューバ、音程間を自在にヴァイブレートするmori-shigeのチェロ、微妙にコードを崩して弾きサウンド全体の隙間調整をするDi Domenicoのピアノ、独特の破擦音に和のフォークロア性を滲ませるいぶし銀の坂田サックス。それぞれが「楽器と関わること」の実況中継そのままの、強烈な切開面を提示する。
インプロヴィゼーションとは、その人の人生や生活の切り口そのままである、を実感。(*文中敬称略)

ライヴ後に高岡大祐さんより、ブリュッセルでの生活や音楽を取り巻く状況についてのお話を伺った。ベルギーはオランダ語圏とフランス語圏に分かれることは周知の通りだが、やはり文化状況とその嗜好もアントワープとブリュッセルではがらりと変わるという。ジャズ周辺のシーンが活気づいているのは俄然ブリュッセルで、日本であれば著しく聴き手を選ぶインプロの類も、ごく自然に一般市民に愛好されているという。市民とミュージシャン入り乱れての非公式のセッションは数限りなく、生活と音楽の垣根なく人脈が広がる楽しさを熱っぽく語ってくれた。この日も演奏したGiovanni di Domenicoを始め、イタリアやポルトガルなど南欧出身のミュージシャンが、オランダなどで正規のクラシック教育を受けたあと、インプロヴァイザーとしてブリュッセルに定住するケースも多いという。日本からヨーロッパ・シーンを眺めるとフェスティヴァル・スポットばかりに目が行きがちだが、地理的・政治的にも交通の要所であるブリュッセル、様々なバックグラウンドを持つジャズ・インプロ界隈の交錯の場として要チェックと言えそうだ。

↓↓【高岡大祐さんおススメのブリュッセル・シーンの「今」が味わえるスポット】
●Gehnt(ゲント市)にあるキューバ料理レストラン”El Negocito”(エル・ネゴシート)
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●ブリュッセルにあるアート・スポット”Les Ateliers Claus”(レザトリエ・クラウス)
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【information】
↓喫茶茶会記
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↓mori-shige
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↓Giovanni di Domenico
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↓高岡大祐
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↓Norberto Lobo
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FIVE by FIVE 注目の新譜


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追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley

FIVE by FIVE
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#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
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#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


COLUMN
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi

#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻


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#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子

及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
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#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)

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