#  288

小曽根真 Road to Chopin〜featuring YAMAHA CFX
2010年11月5日(金)  @東京オペラシティ・コンサートホール
reported by 伏谷佳代/Kayo Fushiya

小曽根真(piano*ヤマハCFX使用)
Anna Maria Jopek(アンナ・マリア・ヨペック;vocal)

曲目:*(小曽根真)を除いてすべてショパン作曲
プレリュード第15番「雨だれ」op.28
ワルツ第6番「小犬」op.64-1

マズルカ第13番op.17-4
マズルカ第24番op.33-3
パンドラ*
エチュード第4番op.10
《休憩》
ドゥムカ(「あるべきもなく」)
マズルカ第48番op.68-3
プレリュード第4番op.28
ツラネチュカ(*ポーランド民謡)
ノクターン弟2番op.9
《アンコール》
Times like These*
マズルカ第2番(「クヤヴィヤック」) op.6-2

音楽とフォームの関係、記譜されたものと即興との間に横たわる組み換えと創造のダイナミズム、楽器の進化とホールの音響が出会うところで生まれる偶発の美、「メロディの美しさ」という無上のシンプルさを前にすべてが瓦解するジャンル分けの不毛...、などについて雄弁に語るステージだった。

ツアーのタイトルは“Road to Chopin”(ショパンへの道)。今年生誕200周年を迎えた大作曲家の数々の名曲に、インプロヴィゼーションによる創造と想像で新たな息吹を与えようというもの。副タイトルの “featuring YAMAHA CFX”を忘れるわけにはいかない。今年の2月に小曽根がヤマハの浜松工場で試弾し、一目惚れした新型コンサート・グランド(本年度のショパン・コンクールでも公式ピアノとして登場、優勝者が本選で指定したことでも注目されたという)。華やかな音色を特徴とするヤマハ“Cシリーズ” のなかでも、音色の甘美さにおいて群を抜く。 プレイエルのきらびやかさとも一線を画す、しんしんと堆積する奥ゆかしい曳き感。この銘器と会場であるオペラ・シティの音響効果がうまく絡み合い、四方八方から音に包まれる、さながら鍾乳洞に近い体験を可能たらしめた。座席の位置にもよるだろうが、この規模のホールでは稀有な現象といえるだろう。第一部のピアノ・ソロでの小曽根、第二部で登場のポーランドの歌姫Anna Maria Jopek(アンナ・マリア・ヨペック)の両者も、ホールのエコーを試しながら楽しむように、語りながら、或いは歌いながら、客席後方よりステージへ登場。

小曽根ほどの早熟の才、「自発的なフィーリングによって音を決定してゆく」ジャズという語法によってごく若い時期にスターダムへ登りつめた男にとって、「記譜されたものの解釈」という制限や決まりごとを出発点にせざるを得ないクラシック音楽への取り組みは、逆に障碍物競争に挑むかのごときスリルに満ちているに違いない。「雨だれのプレリュード」や「小犬のワルツ」といった名曲中の名曲が、小曽根流のインプロヴィゼーションに溶かし込まれることによって細部にわたるバランスが一旦バラバラに分解されて組み換えられる。そこで見られるのは本来の濃淡バランスの逆転であったりするわけだが、例えば原曲の「雨だれ」では、あくまで密やかな通奏低音であるはずの左手単音の連打が、”CFX”というピアノ自体が持つ甘美すぎる残響効果を利用しつつ、かなりあからさまな波となって前方へ寄せては返す。「小犬」に至っても、左手の4/3拍子伴奏部分のウエイトは完全に右手と同等。機械のゼンマイ中枢部分を担うかのごとき、大胆なアゴーギクで畳みかけてくる。「左手は指揮者」とはショパンの言だが、まさに能弁な左手パワーで舞曲をリズムの次元へ還元して、その言をユーモラスに実証しているかのようだ。

小曽根本人がMCで述べていたように、この「すべてを直観的にリズムとコードに分解してしまうというジャズ・ミュージシャンの癖(へき)」へ真っ向から斬り込んだのが、『マズルカ』という形式である。『マズルカ』は1930年から晩年まで通してショパンが作曲し続けたという、まさに大作曲家のライフ・ワーク。祖国と母語への思慕の情が、マズルカほど色濃く反映されている形式はほかにない。ポーランド各地の伝統に基づく庶民の民族舞踊、との認識が強く、その複合的な変拍子にばかり関心が行きがちだが、小曽根が着目したのは舞曲としてよりも人々が口ずさむもっとシンプルな「うた」としての、いわば「民謡」としての『マズルカ』ではないか。リズムよりもメロディ、そこには何よりもまずポーランド語の語感による生活感情が渦巻く。アファナシェフばりに「『マズルカ』は過ぎ去りし日々を追憶するための儀式であり、死へすら導かない永遠の旋回」とまで断言はしないが、確かに時空を跨ぐ第四次元に属する、大地が匂いたつかのような「気」に満ちている。呪詛にも似た、目に見えない民族のDNAに受け継がれるマズルカを現代の文脈で音化するにあたり、ワルシャワ出身で自らもピアノに通暁し、ショパンの音楽を空気のように吸収しながら育ったというアンナ・マリア・ヨペックを歌姫に迎えることはまったく自然な成り行き。前半で弾いたマズルカ第24番が、絶妙にコード分解されてディキシーランド風の仕上がりになったのとは対照的に(「ルーツ」としてのマズルカ、を炙りだしたという点で、これはショパンをフィルターとした小曽根からジャズへのオマージュか?)、後半ヨペックとのデュオで奏された第48番は、ごく自然にヴォイスと歩調を合わせてのハミング。ヨペックはよほど聴覚バランスに秀でているのか、ピアノの音の伸びとのディスタンスのとり方が巧い。ピアノへ接近したり離れたりしながら、ヨーヨーのように響きを伸縮させる。ピアノの後方からにじみ出してくるかのような発声をしている箇所もあり(ステージ後方の席からはどう響いたのかに興味ひかれる)。咽を管楽器風に鳴らしたり、ほとんどブレスが占めるかすれ発声、足踏みによるリズミックなノイズなど、手法としては新しくはないが、時折すっとぼけた感じもするイノセントでクリアな声質は、寂寥かつ清涼。シンプルなメロディにそれだけで存在意義を与える。メジャーでやっていくうえでの「歌姫」にとっての基礎要件、ステージ映えと存在感、可憐さ。MCは英語だが、いかにもポーランド語訛りが尾を曳いていて可愛らしい。終盤に至って小曽根のピアノも、内部奏法を多用したりのインプロっぽさを露出。その弦によるアグレッシヴさが儚げ(はかなげ)なブレス=ヴォイスと持ちつ持たれつ侵食しあう様も聴きどころ。

個人的に面白かったのが、前半のラストに弾いたエチュード第4番。珍しくインプロを入れない、譜面どおりの演奏。途中から試しに目をつぶって聴いてみた。指はよく廻る。だが、やはり「ジャズ・ピアニスト」の演奏である。音を最後まで出し切る、わかるかわからないかの寸前のところで「はしょって」リズミックに処理するのだ。ペダルも小刻みに踏み替える、というよりは勢い任せでドローンっぽく流すところあり。まぎれもないジャズ癖。これらの連続により、全般的に打鍵が浅い印象は否めない。が、「小曽根の演奏」として観たとき、「これもアリなんでない?」と有無を言わせない何かがある。ピアノに愛された男の持つオーラ?

客席には、仲道郁代、山本貴志といったクラシック界第一線のピアニストから、アルゼンチンより来日中のバンドネオン奏者パウロ・シーゲル、クリエイティヴ・ディレクターの佐藤可士和まで、幅広いフィールドの小曽根の友人たちの姿が。ショパンの演奏も、弾き手の経験値が多様化するなかで、「同時代音楽」として芽吹き始めた。ショパンが知ったら喜ぶのではないか。(*文中敬称略)



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