#  289

坂本弘道ソロ公演
2010年11月12日(金)  @横浜・本牧ゴールデンカップ
reported by 伏谷佳代/Kayo Fushiya
photo of Hiromichi Sakamoto by 加藤アラタ/Arata Katoh
all other photographs:(c)本牧・ゴールデンカップ

出演:
坂本弘道(cello; electronics; musical saw, 他)

ゴールデンカップ。この単語で誰もが思い浮かべるのはグループ・サウンズだろう。その時代がリアルタイムでなくとも、「ゴールデン・カップス」というGS の名くらいは知っている。進駐軍ジュニアの不良の時代。本牧。平成生まれの子に「“もとまき”ですか?」と問われたが、何やら過ぎ去りしどす黒い過去が煙っていそうな「かつての街」の響き(本牧の住人には失礼ですが・・)。そういえば、まだ二十歳そこそこの時によく読んだ、鈴木いづみの短編に「本牧ブルース」なんていうのもあったっけ。

そんな往年の記憶を背負い込んだ横浜・本牧のライブハウスというか、カラオケボックス兼飲み屋?『ゴールデンカップ』。日本におけるR&B発祥の地であり、GSのバンド名の由来ともなったことはあまりにも有名。最近はインプロ界隈のミュージシャンが頻繁にソロライヴを行うようになったという。開店45年目にしての「新スポット」化。本牧の商店街をちょっと脇に入ったその店は、なるほど昭和の雰囲気そのもの。『太陽に吠えろ』とかその手のドラマの酒を飲むシーンで、青いアイシャドーべったりのホステスなんかが出てきそうな佇まい。年季が入った絢爛たる照明。半世紀も営業し続けている老舗とは思えぬほど(それだからこそ?)、マスターも気さくそのもので気負いない。

このハコに坂本弘道が出演、というのも面白い。インプロヴァイザー多しといえど、「アヴァンガルディスト」といえばこの人。チェリスト多しといえど、「チェロリスト」といえばやはりこの人。坂本弘道そのものの描写がそのままライヴの実況中継ともなり得るので、まだその音を聴いたことがない人へも向けて、以下に書き連ねる 。

坂本弘道はクセになる。とにかく「瞬間の極限芸」を見たいと思ったら坂本ライヴだ。いつか本人も語っていたが、「手クセを極めれば強度になる」、その真骨頂。インプロヴィゼーションという瞬間の芸術と個人の強度が結託することにより一期一会に生じる、ぶすぶすと焦げる「今・この瞬間の炎上」が狂おしいほど心を掴む。 心臓をわしづかみにされるからといって恐怖感にのみ満ちているのではない。究極、極限を越えるものには甘美が宿る。その甘美さは「癒し」に留まるような生やさしいものではなく、何かの崖っ淵と背中合わせだからこその強烈なロマンティシズムを生む。要するに、芸術の根源を突いているのだ。サディスティックであると同時にマゾヒスティックな「対峙」なくして芸術は生まれ得ない。人は、癒されるから音楽に没入するのではなく、否応なく魅入られるとき、そこにはもっと高次の何かがあるはずだということ。

「ジャンル分けは不毛」とかいう言説を繰ること自体が、こっぱ微塵に一笑に付されるような人である。坂本弘道も、もとは「ジャズ」をやっていた。『渋さ知らズ』にいたことでも知られている。役者や『Jazz Artせんがわ』設立メンバーとしての顔も。「ミュージシャンとして」の側面では、戸川純や遠藤ミチロウ、芥川賞作家・川上未映子とのパフォーマンスでも異彩を放つが、何といっても「のこぎり」がその代名詞である。のこぎりの坂本。“Musical Saw”という、人魂みたいに幽玄なのに体温を感じさせるふしぎな音を出しながら、その柔(にゅう)の極みともいえる音の影には、途轍もない馬鹿力を要する楽器。これを筆頭に、グラインダーによる火花散らし、チェロのボディへのナイフ突き刺し、金属音を響かせてのエンドピン削り、駒付近に鉛筆削りを設置してのぐるぐる回し、電動あんま器によるチェロへの感電、鉛筆によるボディ擦り、果てはチェロ自体を天井から吊るして炎上させるスペクタクルまで、とにかく「イタイ接触」づくし。毎回、犠牲者はチェロであり、目を覆わんばかりの暴力性に満ちているのだが、なぜかひとしおに強く感じられるのは楽器への激烈な愛情であるというパラドックス。純粋にメロディ・メーカーとしてのセンスが卓越しているということもある(通好みの、いわゆるアングラ演劇やテント芝居、アニメーション、映画などで坂本の音楽が広く使われる所以だ)。過激な暴力の炎上後の凪として現れる、単線メロディの静謐なる美。かさぶたを剥がしたような、常に未完で生々しい音色。チェロの「気取ったイメージ」を剥ぎ取る試みであるかに見える、数々の楽器への冒涜も、やはりチェロ自体が根源に持つ高貴さを根絶やしにすることはできない。そういった果てしない(死ぬまで続くであろう)格闘が、「パフォーマンス」の意味なのだ。

時に植物人間並みにエフェクターやら何やらでがんじがらめに繋がれるチェロ本体。かと思えば全く無視され放置される。ここに見て取れるのは、身体(からだ)と楽器の境界、への問いだ。身体は楽器、楽器は身体。どこまでが?語源的にも、危機(crisis)という単語が遡るのは「決断(decision)」を意味するギリシャ語だ。楽器が個を表明するための手段でしかないならば、どこまで楽器に乗り移らすか。意図する音を生じさせるものすべてが、究極自己の身体の延長であるならば、例えば「電動あんま器」と「チェロ本体」は、自己のパーツとしては平等であるはずだ。チェロによるパフォーマンス、を標榜するならば、チェロはがっちりと主役の座を押さえる。しかし、主役はチェロではなく「どこまでも坂本弘道」なのだ。だからチェロはときに放置もされ得る。チェロから弓だけを取り出して「のこぎり」をしなわせることも、坂本の音楽を継ぎ目なく連結してゆくごく自然なシークエンス。上記にも列挙した「生活グッズ」総出のメドレーのなかで、この日最も印象に残った技法をひとつ。チェロ本体の線の一本に、長いロープ状の弦を交差させ、その端を口で押さえて張力をつくり、そこを弾く(はじく)。糸巻き部分の加減を口が担っているという点において、完全なるオープン・チューニングであり、究極のアコースティック状態。ピンと張り詰めた、時に糸電話のような素朴で透き通った響きを出す、か細く端正な音。これを新しいチェロの音、といえるのか否か?「何の音?」という問いかけの不毛か。 演奏している姿からヴィジュアル的に連想されるのは「蜘蛛の糸」。チェロに絡んでいるのか絡み取られているのかよく判らぬ、ミュージシャンと楽器の境い目の消滅。それが音だけでなく他のディメンションについても示唆していそうで、様々なイメージを喚起する。まあ、そんなに理屈っぽく考えなくとも、移動する音楽家の、その一過性の姿です、とも言えるわけだが・・。

この日の演奏曲目は、演劇や映画でも使用され、ライヴでもお馴染みの4曲。寺十吾演出による『難民X』劇中歌でもある「しづく」、アルバム『零式』収録の「蝶と骨と虹と」を一部使用したインプロ、同じく「嵐が丘」、台湾映画『神も人も犬も』(チェン・シンイー監督/2007年)でも使用された「マボロシ」。坂本ファンにとっては外すことのできない名曲揃い。繰り返すようだが、純粋にシンプルな旋律は悲しく美しく厳かである。どこか気持ちを過去に向かわせるノスタルジックな味わいもある。しかし、喚起される感情はそんな懐古趣味ではない。強烈に何かを想っている今現在の時間感覚のほうがはるかに優勢で、ある一点に達していきなり溢れ出す「閾値(いきち)」までのプロセスが、そのまま壮大なる坂本弘道の音楽なのだ。

ライヴ後の余韻に浸る間もなく、とてつもないカラオケのBGMがハコを満たした。あまりの大音量で笑ってしまった。こういう素のままの生活空間がいきなりバックしてくるのも、なんだか本牧らしい気がした。音凍つる夜の元町、トンネルをひとつ抜ければ別次元。(*文中敬称略)

関連サイト:
坂本弘道HP
http://home.catv.ne.jp/dd/piromiti/
http://home.catv.ne.jp/dd/piromiti/zeroshiki.htm

本牧ゴールデンカップ
http://goldencup.jp/




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