#  292

Elliot Sharp 『SyndaKit』
2010年 11月11日(木) @新宿ピットイン
reported by 伏谷佳代/Kayo Fushiya photo by 北里義之/Yoshiyuki Kitasato

ミュージシャン:
エリオット・シャープ(作曲;指揮;Koll製8弦ギター・ベース)
ジム・オルーク(g)
太田惠資(vn,voice)
田村夏樹(tp)
梅津和時(a.sax,cl)
高岡大祐(tuba)
八木美知依(21絃箏)
田中悠美子(太棹三味線)
藤井郷子(p)
須川崇志(d.b)
田中徳崇(ds)
高良久美子(vib,per)

豪華メンバーのライヴであった。Elliot Sharpはさまざまなフォーメーションで聴いたが、こういった大編成、しかも「アルゴリズミック・コンポジション」なる作曲ベースのインプロでは初めて。いわゆる集団即興、というと即座に思い浮かべるのはジョン・ゾーンの「コブラ」だろうが、磁(地)場的に作用する作曲の要素とインプロとの刹那の絡み。音楽が生きるも死ぬもその時次第、音によるインスタレーション、のような感も。とにかくこの程度の予習でいざ拝聴。

言葉の意味の熟考はむなしい。何かの意図を持って発せられたことも、発せられた瞬間に定義はその人から離れる。受け取り手がそれを確定することも難しい。"Syndakit"をエティモロジカルに分析したとて、それを言い当てることの不透明さ。受け手の推測と発信者の意図の折り合いをどこでつければよいのか判らない。よって、プロジェクト名から何やら「同種」のものを顕しそうな"Syn-"とか"-kit"を取り出して「何か共通のカードを切って遊ぶユニット」なのか、と類推するのも意味なさそうでやめたが、文字をその意味で解釈するのではなくて、「視覚的なカタチ」で把握する点に何かヒントがありそうな気がした。いわゆる「象形文字解読」的な発想で音のコードを読み、参加者はそのカードを応酬して音楽をつないでゆく、というもの。はるばるニューヨークから東京のライヴ・シーンへ駆けつけてくる常連のS氏が「鳥が同じ図形を描いて飛ぶこともSyndicateという語は含む」とか何とか語っていたのにもインスパイアされた。

記譜されたものにインプロヴィゼーションで命を吹き込んでいく、単なる再生を超えた操作行為における、ルールとなる楽譜。それを「音符のカタチ」として認識して、その波形に適合するように各自が音を決定してゆく、ということが基本にあるのではないか(データとしての「周波数」だけを分析?)。響きとしてのメロディや音自体としてのパーツのバトンタッチでではなく、一定の「視覚的な図形」だけを共通項に、後は自由裁量に任される。モチーフ繋ぎの順番はランダムでシャッフルに近く、瞬間々々は万華鏡の図形のように変幻自在だが、各断片は一定の動機だけは共通している。メロディを吹こうがコード叩きに徹しようが、意味のない単語によるリフレイン(例えば、太田恵資による、5文字の「いけぶくろ」連呼があった。5拍子に適合する5単語ならば、池袋だろうが御徒町だろうが良かったのだろうか?) であろうと、何でも構わない。波形が同じならば。どの波形が誰に分配されるかは、カード・ゲームで言えば「ババ抜き」に近い。楽器の形態や構造によっても出せる音域や音の伸縮に差異が生じてくる。音の性質から、弦よりも金管が目立ちやすいので、金管で・ソロで・メロディを吹く、のが最も目立つ。その意味で最も多く「ババを引いていた」のが、超高速音を持ち味とする田村夏樹のように見えた。田村ファンにとっては嬉しいゲームだ。とにかく何人編成だろうがこの人の音は飛びぬけた照りと跳躍力だ。ポーンと一足早く飛んでくる。

同形(この場合「型」ではなく「形」です)の繰り返し、であるミニマリズム。「バトンタッチで受け継がれている、その『ルール』は何なのか」を考え続けるうちにライヴは終わっっていた。音じゃないとすると何なのか?拍子?確かに、5拍子だったり7拍子だったり6拍子だったりが頻出するが、それだけをシャッフルしてもこうはならないだろう。エリオット・シャープは何によって統率と牽引を計っているのか。あるいはピースごとに「演奏時間」だけ決めておいて、拍子の組合せ以外のその間(ま)の分割は自由なのか。否、曲の〆めをエリオット・シャープ自身の合図(人差し指一本か指二本か)で1と2にパターン分けしているところを見ると、そのサインが出て初めてエンディングが決定されるということであるから、「演奏時間」の取り決めはないはずだ。ちなみに1が出るとしっかりと音を出しての明確な「包括」によるケリつけ、2が出ると「フェイドアウト」の方向。それとも、装飾音が出る度にそれを変拍子としてテンポにスライドさせて新たなうねりに利用してゆくのか。否、それはないよなあ・・・と。「定形」のミニマリズムと「神出鬼没」の雪崩具合がすごい。視覚的なカタチとしての波と流動するものとしての実体の波。その親和力を試そうとしているのかもしれない。藤井郷子による、音符の波形だけは一定しているが拍子の隙を縫って押し寄せてくる不定なピアノのパッセージの数々。視聴覚合一か。そこでは、とかく音楽というと無意識に「立体構造」を求めようとするが、実は「平面」を求めるという逆パターンがあってもいい、という盲点さえ浮き彫りになる。

個々の楽器の音にこだわるのはごく小さなポイントかもしれないが、例えば同じような楽器が複数あって音が重なった場合、すべての音が聴こえるのではなく消える音もあるという事実。特に弦楽器が重なると、時と音形の「ババ引き」が悪く作用した場合、全く目立たなくなる。そこに音の「厚み」すら明白に認識できない響きの死角もあるという、瞬間がもたらす怖さ。こういったスリルのカード・ゲームも兼ねていたのだろうか?それがインプロでしょ、と言われればその通りだが、頭数が揃うことがそのまま安易なサウンドの増幅や安定に繋がらず、その場の「いちヴァージョン」以上にはなり得ないところが、逆に永続性を持つ。場というのは限界ではなく限定だからだ。限定には回を重ねることで蓄積される醍醐味がある。いわゆる集団即興の音源を買う人の楽しみは、コレクションすること自体、にあるのかもしれない。幾分頭脳的だが、ある程度の量をアーカイヴして初めて先が読めてくる性質の音楽。エリオット・シャープを聴くのは2005年のベルリン以来5年ぶり。Koll製8弦ギター・ベースを生で聴いたのは初めてだが、ネック上での両手の動きはヒトデが這うかのごとき独特の柔らかな粘着質。時にバンド全体のサウンドをそのギター・サウンドの中へ誘導しているかの瞬間もあり。思索的ともいえるその風貌とともに静かな凄みを感じさせた(*文中敬称略)。

後の情報によると、『SyndaKit』には、12人のミュージシャンを想定しての、“core”(コア)と呼ばれる16分音符基調の12のフレーズがあり、それぞれが好きなcoreを選んで反復してゆくというもの。その際、他の人が使ったcoreには、必ず自分独自のcoreを取り入れて発展させねばならない点で多分に即興的、というシステムであったようだ。こういう復習の形を取らねば(自分のアタマでは)腑に落ちない、頭脳にガツンとくる音楽も、脳の襞への刺激となる。

【関連サイト】
Elliot Sharp HP
http://www.elliottsharp.com/



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