#  295

Peter Broetzmann 2 Days
2010年11月22日(月)、23日(火) @新宿ピットイン
reported by 伏谷佳代(Kayo Fushiya) photos: (c)北里義之(Yoshiyuki Kitasato)

≪第一夜≫
『Heavy Weights』
Peter Broetzmann(a.sax,cl)
佐藤允彦(p)
森山威男(dr)

佐藤允彦の特徴を一言で述べよ、と問われたら、「親指10本ピアノ」と答える。強力にバネの効いたその10本の指は完全独立し、それぞれが別個の生を謳歌する。その「根底まで」を通り越した打鍵は、鍵盤を貫きピアノ弦がそのまま鳴り響く。鍵盤楽器と打楽器と弦楽器の持ち味を一時に凝縮して味わえるピアノだ。森山威男。強烈な和の土臭さを感じさせる、骨太で安定したパルスの脈動。この二者にフリーの猛者、ペーター・ブロッツマンが絡む。年齢合算200歳を超える超ヘヴィ級トリオ、その名も『Heavy Weights』。横綱3人が一体化し、その大動脈のドクドクとした流れに身を委ねる、まさにスリルの耐久レース。聴き手は、どこまでも続いて欲しい、と思う一方、一体どこまで続くのか、と感嘆しながら呆れている自分を発見する。

三人三様が「力で押す」タイプの演奏を繰り広げながら、決して単なる爆音の破裂には陥らない。超絶技巧がもたらすものとは強烈なバネのスウィングであり、いかなる音をもゴム毬のような玉(ぎょく)と化す力だ。「弾みの不定連続体」がこのトリオだ。躍動感はテンポの速さ如何に依るのではない。いかなる場面でも推進する、各ミュージシャンの音楽性の根本に横たわる原初的生命力、その総和である。

ピアノは内部の中〜高音部付近にオン・マイク。同じ強度で叩いた場合、高音が死ぬから?否、この人に限って実際そんなことはないのだが、完膚なきまでのムラのない音質、にとことんまでこだわりがあるのだろう(事実、第一セットの後半でのピアニッシモの完璧な粒ぞろいは、音の強弱による気圧の変化を全く感じさせないものであった)。佐藤允彦の奏法は、二の腕からすでに振動している。あの安定感の極みである打鍵とどう折り合いをつけているのか不思議だが、粘り気の少ないバッテリー奏法的なタイトなサウンドと、垂直性の高い森山のドラムとの兼ね合いが不思議な昂揚感を生む。フリーキーなブロッツマンのアルト・サックスは、ともすれば音の伸びる隙を与えないかのようなピアノとドラムの合間を、自在な震動で駆け抜ける。静と動の間の急速な振幅。次第にメロディ依りになってゆくアルトとピアノを横軸に、ドラムは縦ノリのリズムを強化して垂直軸を編み出してくる。その震動が液状化しつつも立体性を増してゆくプロセスは理屈ぬきに快感。音が空間で十字を切り、空間そのものが移動する、地動説的な音楽体験。前半の2曲目では、ブロッツマンはクラリネットへ持ち換え。ここでは佐藤のピアノとの豊かな音色の応酬が見もの。豊穣なクラリネットの高音に、寄り添うように滲みこませる佐藤のピアニッシモ。エフェクター並みに大仰に掛けられるペダル効果が高いには違いないが、音が小さく不明瞭に粘着質になっても、音圧だけは常に一定している。音楽の推進力が緩められることはない。高音同士の寄り添いは、後にピアノが低音部へ移動することによってのコントラストの妙へ。思う存分かき鳴らされる地鳴り音は、凄みのなかにも絶えず爽快感を宿す。

セカンド・セットは、弦が切れるのではないかと思えるほどのピアノの衝撃音でスタート。何となく「往年」っぽい。トレモロ風のピアノと太いバチを使ってのコブシの効いたドラム、そこに斬り込むサックス、の構図に奇をてらったところはまるでなし。しかし、こういう普通の状態を、単に「コミュニケーションの良さ」で魅せるところにこそヴェテランの醍醐味がある。震動が様々な轍(わだち)となって波及するなか、ブロッツマンのサックスは十八番の低音によるブルースへ移行。拍子のアタマを強調して捩れた(よじれた)うねりを出す。ドラムはマレットで木魚風に伴走するが、途中まで歩を合わせていたかのようなピアノが突如独走し始める。落ち着く寸前で踵を返す、予定調和の否定にこそジャズの根源があることの念押し。強靭なピアノ音とシンバルがぴたっと綺麗に重なるところは、やはり日本人が同調しやすい垂直性の美。またしてもクラリネットに持ち替えられた終曲は、年齢を感じさせぬブロッツマンの先鋭的な金属音が炸裂。単音による同音反復や装飾音を多用するピアノ、ハイハットとシンバルで追い立てるドラム。相互の凹凸ががっちりと組んだまま突進する。

オーソドックスなことをやっていながらも、誰にも真似できぬ境地。追随を許さぬほどのコアな音楽性があってこそ、初めて露わになるオーソドックスの美。物事の本質を颯爽と突きつけた第一夜。




≪第二夜≫
『Broetzmann/灰野/O’Rourkeトリオ』

 Peter Broetzmann(a.sax; cl)
 灰野敬二(g; voice)
 Jim O’Rourke(g)

フリーとは究極、「博打の連続でメシが喰えるか」である。試行錯誤を繰り返しつつも、不遜とも言える自己肯定の連綿たる歳月が生む貫禄。その極北の三例を見せつけられる形になった。国籍や性別や年齢を問うことがこれほど無意味なトリオはないだろうが、各ミュージシャンの音楽履歴のなかに占める紛れもない「日本」という地ノリが生む、偶然であり必然の邂逅。最初はそのグロテスクさに度肝を抜かれ、次にその音世界が生む魔境に陶酔し困惑する。ギター二本+リード。並の奏者が組めば、ハーモニーの美しさが魅力のアンサンブルの妙、なんて詰まらない表現に落ち着く展開になるのだろうが、この顔ぶれでそれは初めから想定外。そう簡単に混ざりはしない。特にギターの二手。ある意味二者とも「自己世界完結型」であるが故、吉と転じる組み合わせだともいえる。各人がかたくなに自己実現にのみ集中することにより(特に灰野)、それぞれの「堅過ぎる外皮」がゴツゴツと気ままに突出する様が面白い。ブロッツマンはむしろ、一歩脇へ退いてのメディエーター的存在にも見える。あの腹の底から鳴らされた低音のメロディの突破力。例えば偶然によるいたずらで、ギタリスト二人の個性が収集つかない方向へ行ってしまった場合にも、その亀裂を縫合するのはブロッツマンの高音から注ぎ込むクラリネットであり、ブリブリと地鳴りするアルトであるのだ。これらどぎつい三個性が、お互いに牽引したりコバンザメのように付随したり、或いは「誰が牽引するのか」はただのフェイクに過ぎぬのかもしれぬが、とにかく音楽は推進する。冒頭は40分にわたる一大セッション。ジムと灰野のギターの音は柔・硬棲み分け。ジムが柔の方(後の二曲目で音質チェンジ)を担う。自分が今まで見た(聴いた)ジム・オルークは、影に廻ることが多い人だった。音自体は地味なのに、なんだかやたらに身体を前後に折り曲げてゆすってんなあ、という印象ばかりが。秀作『All Kinds of People』でも、やたら豪華な出演陣に華やかなところは全部譲って、自分はひたすら黒子へ徹していたし(この場合は「プロデューサー」であるので当然かもしれないが)、つい先日の「SyndaKit」ではついぞ最後まで何をやっていたのかわからなかった(休憩時間に「ジムさん何やってたんですか?」と訊いたら「え、本を読んでたんです」という謎の回答)。しかし、この日は饒舌だった。「ジム自身」が強固で、水と交わらない油であることは先に述べた通りだが、何よりその尋常ではないサポート力(そう、実はこのトリオの一番の推進役であったのだ)。ジム・オルークというアーティストが性分とするところの、凝り性でマニアックな職人気質、を差し引いても、今時の日本人以上に日本人である彼独特の「謙譲の精神」=「他者へのリスペクト」がここまで個性として強化され、ある種の崇高さまで達している姿を目の当たりにすると、やはりこのトリオには日本でしか結成されないローカリティを感じてしまう。非常に無国籍な、サイケデリックなローカリティではあるのだが。指の動きの闊達さ、音色のニュアンスの豊富さ、音響の最後の残存までをも見届ける、透徹した計算の上に立つ残響美。「聴く」ことで弾くことの周囲を強烈にくるみこんだ、音ではなくサウンド伝播としてのライン。煽動的なコード進行で、ベース・ラインのうねりを造りつつ、トリオの中央にどっかりと頓挫して梃子でも動かない「灰野敬二ワールド」を、御輿(みこし)でも担ぐかのようにその世界を損なうことなく、すっとうまく乗せてしまう。超絶技巧で煽り立てて乗せるだけではなく、残響のうえにうまく誘導したりする繊細なる進行も粋だ。特にセカンド・セット以降〜終盤にかけての、ベース・ラインがドラマティックにメロディに転化していくその推移の、混じりけなしの単線・単音の叙情の揺らぎ。一音一音が十全に解き放たれては消えてゆく。客席は水を打ったように静まり返り、そのあまりの美しさに息を呑んだ。

トリオという構成上、どうしても二対一に分かれて伴走かメロディを受け持つ場面が多くはなるが、「伴走兼メロディ」の部分を多く担っていたのはブロッツマンとジム・オルークが多かったように思う(tuttiのところは差し引いて)。ファースト・セットでは、左手の奇怪な形の弦押さえで、ギターの特殊奏法をちらっと見せたものの、終始大人しめ(まあ、いるだけで派手ですが・・)だった灰野敬二が、セカンド・セットに入って三味線をかき鳴らし始めたあたりから、「ああ、始まったなあ」と思ったけれども、やはり世界はどんどん異常になっていった。トリオという形態がいかに薄皮一枚で「異状」となるかの証明でもあった。「ベースレス・トリオが今風」などというのももはや古い。サウンド的にはほとんど、バンジョーによるカントリー調ブルースになっていったが、言葉の意味を考える余地を与えぬほどの絶叫ヴォイスや異様な吸着音によるノイズが溢れかえったところへ、往年のロマンティシズムを濃厚に湛えたブロッツマンのクラリネット音が幽玄に浮かび上がっては沈む。このアンビヴァレンツがあって初めて、ついさっきまで「無意味」に思えた「何だこの世界は!」とかいう灰野敬二のヴォイスが実感となって迫ってくるのだ。ああ、有言実行の人なんだなあ・・とか変なところで納得したり。灰野敬二を生で観たのも2005年のベルリン・フォルクスビューネ以来(気鋭の若手バンド“Zeitkratzer”との共演だった)。絶えず高次元の狂気をキープしているが、切れ味を失わない点で「伝統芸化」するのを逃れている。これは本当にすごいことである。「存在でメシを喰う」とはそういうことだ。

一般的な西洋人と東洋人の枠組みから見れば、見事にその特性が反転しているジム・オルークと灰野敬二。エフェクターを掛けすぎた場面や、お互いが出すぎた場面には、なんだか混沌としすぎて流れが淀み、足を掬われているかに見える場面もあったが、こういう「逸脱したサイケの泥沼」に涼しい顔をしてずぶずぶと足を突っ込んでいくブロッツマンのしなやかさに感服した。若い。過去の威光を背負ってしまいがちな大御所なら、「こんなグロテスクなのやってられるか!」と思う向きもいるだろう。音楽は日々細胞分裂しつづける。その現場にいつまでも一匹狼で身を置き続けるブロッツマンは、「死ぬまでフリーなのだ」と思わずにはいられなかった第二夜(*文中敬称略)。



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