11月25日(木曜日)の“感謝祭”を挟んだ24−28日にかけてニューヨークで開催された、Jazzwerkstattレーベル主催のフェスティバルを紹介したい。Jazzwerkstattは、かつてWest Windレコードを主宰していた旧東ドイツ出身ウディ・ブロデル氏が、新しいジャズを切り開くべく設立したベルリンに本拠を置く要注目のレーベル。ロルフ・キューン、ヨアヒム・キューン、グンター“ベイビー”ソマー、ウーリッヒ・ガンパート、ペーター・ブロッツマンts、アクセル・ドナーtp他のベテラン勢や“ハイパーアクティブ・キッド”、“スクアック”という若手を加えたドイツ人ミュージシャンの録音を中心に、最近紹介したペリー・ロビンソンcl・トリオの新作、マックス・ローチやデヴィッド・マレイの未発表ライブ音源の復刻など、傾聴に値する作品を精力的にリリースしている。
フェスティバルのスケジュール:
11月24日
PERRY ROBINSON TRIO
Perry Robinson - clarinet
Ed Schuller - bass
Ernst Bier - drums
11月25日(感謝祭)
休み
11月26日
HYPERACTIVE KID
Philipp Gropper - tenor sax
Ronny Graupe - guitar
Christian Lillinger - drums
DER MOMENT
Gerhard Gschlossl - trombone
Johannes Fink - bass
Gunter Baby Sommer - drums
11月27日
SQUAKK
Christof Thewes - trombone
Jan Roder - bass
Michael Griener - drums
ULRICH GUMPERT & GUNTER BABY SOMMER
Ulrich Gumpert - piano
Gunter Baby Sommer - drums
PAUL BRODY’S SADAWI
Paul Brody - trumpet
Matt Darriau - saxophone, clarinet
Brandon Seabrook - guitar
Jan Roder - bass
Michael Griener - drums
ROLF KUHN & TRi-O
Rolf Kuhn - clarinet
Ronny Graupe - guitar
Johannes Fink - bass
Christian Lillinger - drums
11月28日
HENRIK WALSDORFF TRIO
Henrick Walsdorff - saxophone
Jonas Westergaard - bass
Christian Lillinger - drums
ULRICH GUMPERT WORKSHOP BAND
Ulrich Gumpert - piano
Michael Theke - alto sax, clarinets
Ben Abarbanel-Wolff - saxophones
Henrik Walsdorff - alto sax
Paul Brody - trumpet
Christof Thewes - trombone
Jan Roder - bass
Michael Griener - drums
オープニング・セレモニーとペリー・ロビンソン・トリオの演奏が行われた初日(24日)は、マンハッタンのゲーテ協会、それ以降は、ブルックリンにある教会を改修したアイアンデール・センターで開催された。普段アメリカでは、レコーディングを通してしか接する事のできないミュージシャンを実際に観る事のできる機会なので、全スケジュールを観たかった。しかし(車で)片道3時間程離れているバルチモアに住んでいる都合で、お目当てのロルフ・キューンのグループ及びウーリッヒ・ガンパートとグンター“ベイビー”ソマーのデュオが出演する11月27日(土曜)のみ参加できた。
この日の公演は、午後4時からと8時から、2グループずつ演奏の2部構成。ブロデル氏の紹介の後、第1部は、クリストフ・シューズ/ヤン・ローダー/マイケル・グリーナーからなるトリオ=“スクアック”の演奏から始まった。彼等は、2008年に『Squakk』(Jazzwerkstatt)を発表しているが、28日にフェスのトリを務めたウーリッヒ・ガンパートのワークショップ・バンドにもトリオ全員が参加している。色々な展開を聞かせる楽曲を譜面を見つつ演奏。抽象的な音像が中心だが、とりとめのない“フリー”に陥らず、全体の構成力をシッカリと考えた上での演奏は、なかなか聴きどころがあった。多少表現力の幅が狭く感じたが、これは“トロンボーン・トリオ”という変化を付け難い編成を考慮すべきだろう。ちなみに、前日(11月26日)にもダー・モーメントという同編成のバンドが出演している。やはりこれは、ロルフ・キューンと並ぶドイツ・ジャズ史の巨人=アルバート・マンゲルスドルフの影響だろうか?
1970年代初頭から続く旧東独出身の重鎮ミュージシャン二人、ウーリッヒ・ガンパートとグンター“ベイビー”ソマーが、登場。彼等の最近作は、2009年にIntaktレコードからリリースした『Das Donnerde Leben』。レビューにも書いたが、筆者が個人的に愛聴しているピアノとドラムからなるデュオの作品群の中でも、特に印象に残ったアルバムだ。期待通りの素晴らしい演奏を披露してくれ、高い満足を得る事ができた。ガンパートの味わい深いピアノ・プレイも良かったが、ベイビー・ソマーの歌心/柔軟性/躍動感、すべてに秀でているドラミングに感服した。彼のプレイは、ジャズ・ドラムの基本を抑えつつ、革新性に富む。オランダのハン・ベニンクに類似する方向(スタイルというより)だが、ソマーの方が、ユーモラスな大道芸人的要素も音楽全体の流れに上手く溶け込ましていると思う。まあ、ベニンクの魅力の一つは、多少ハメを外しかける事かも知れないが...。井野信義作〈紙風船〉を含め『Das Donnerde Leben』からの曲を中心に演奏してくれたが、アンコールは、スペイン人作曲家セバスチャン・イラディエールが、キューバのハバネロに影響を受けて書いた〈La Paloma〉。デュオの次作が、Intaktから2011年にリリース予定との事。
約2時間の休憩の後、ペリー・ロビンソンのトリオ他で活躍しているドラマー=アーンスト・ビアーが“サダウイ”を紹介。メンバーは、リーダーのポール・ブロディー以下マット・ダリアウ/ブランドン・シーブロックが、アメリカ人、第1部で演奏した“スクアック”のリズム・セクションの二人=ヤン・ローダー/マイケル・グリーナーがドイツ出身の、混合チームだ。彼等の音楽性は、一言でいえば、ジョン・ゾーンの「マサダ」と共通する、クレズマー・ジャズ(伝統ユダヤ音楽を取り入れたジャズ)。哀愁を帯びたユダヤ・メロディーと、進歩的ジャズの融合を目指しているようだが、いまひとつ演奏のまとまり/キレが足らなかったのが、残念。アレンジが、重要な位置を占めているので、メンバー間の地理的状況(練習不足)のせいか?
そして、個人的に絶対見逃したくなかった、ロルフ・キューンが登場。バディ・デフランコ/トニー・スコットの成果を受け継ぎ、クラリネットを革新的スタイル昇華させた立役者のロルフは、今年の9月に81歳になった大ベテラン。1950年代には、ベニー・グッドマンのビッグバンドで、グッドマン自身の代わりを務めた経歴や、デフランコに影響を受けたビバップ・スタイルにも精通している事実から分かるように、キューンは、ジャズの基本を確実にマスターしたミュージシャンだ。しかし、彼より一つ若い世代のペリー・ロビンソンにも負けず、進歩的で独創的なスタイルを激動の60年代に完成させた実績は、ジャズの多面化が当たり前の今こそ、再評価されるべきだろう。70年代に残したフュージョン路線のアルバムも、聞くべきところが多い。80年代以降の色々な趣向(スイング風ビッグバンドやオーネット・コールマンとのデュオ他)による作品群は、円熟味を増した演奏と共に、何れも一定水準を保っているのだが、予定調和的な部分が勝っていて、かつてのスリリングな音楽から、遠のいていた様に思う。しかし、この日のグループ、彼の息子/孫(曾孫?)世代のミュージシャンからなる “TRi-O”と組んだ演奏は『Impressions of New York』(Impulse!:1967年)や『Transfiguration』(MPS:1967年)といった作品に聞く事のできる先鋭性が戻っていて嬉しかった。この“TRi-O”との作品は、すでにJazzwerkstattから『Rollercoaster』(2008年)と『Close Up』(2009年)がリリースされている。次作は、筆者が特に好きなピアニストの一人で、ロルフの実弟のヨアヒム・キューンとのデュオ・アルバムという事なので、期待が募る。ちなみに、ギターのロニー・グラウプとドラムのクリスチャン・リリンガーは、テナー・サックスのフィリップ・グロッパーを加えたトリオで“ハイパーアクティブ・キッド”としても活動。彼等も、Jazzwerkstatt より『3』(2008年)と『Mit Dir Sind WR 4』(2009年)をリリースしている。(未聴なのでコメントはできないが...。)
ミュージシャンやジャズ評論家との会話を含め、大いに満足できたコンサートだったが、残念だったのは、観客の少なさ。集客に絶対不利な、感謝祭の休日期間中という事実は大きかったと思う。個人的に意外だったのは、ロルフ・キューンから「日本へ一度も行ったことがない」と聞いたこと。来年(2001年)は、日独交流150周年記念。さらに、1月よりJazzwerkstatt の作品は、キング・インターナショナルにより、日本で正式にディストリビュートされる予定との事。キューンやベイビー・ソマーのような優れたドイツのミュージシャンが再認識されるよう、同様なフェスティバルが、日本でも開かれることを期待したい。
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