#  306

新国立劇場《トリスタンとイゾルデ》
2010年12月25日 @新国立劇場
reported by 佐伯ふみ photo by 林 喜代種

台本・作曲:リヒャルト・ワーグナー
指揮:大野和士
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
合唱:新国立劇場合唱団
演出:デイヴィッド・マクヴィカー

キャスト:
ステファン・グールド(トリスタン)
イレーネ・テオリン(イゾルデ)
ギド・イェンティンス(マルケ王)
エレナ・ツィトコーワ(ブランゲーネ)
ユッカ・ラジライネン(クルヴェナール)

新国立劇場では初の上演となる《トリスタンとイゾルデ》。その初日を聴いた。最も印象に残ったのはオーケストラ(東京フィルハーモニー交響楽団)。新国立劇場へは12年ぶりの登場という大野和士の、丁寧な音楽づくりと、よく歌う管弦楽の美しく磨きぬかれた音がとりわけ印象に残った。休憩も含めて6時間に及ぶ長丁場の公演だったが、最後まで集中を切らさずに聴き入り、カーテンコールでは立ち上がっていつまでも温かい拍手を演者に送り続けた、多くの熱心な聴衆の姿も忘れがたい。

歌手で印象に残ったのは、ブランゲーネ役のツィトコーワ、マルケ王のイェンティンス、クルヴェナールのラジライネン。つまり脇役陣がその声の質・演技ともに役によくはまり、存在感を発揮していた。イゾルデ役のテオリンはパワーのある硬質なソプラノで、舞台を圧する威厳を見せたが(第1幕「あの人の眼差しが私にそそがれたとき」の美しさは忘れがたい)、第2幕では疲れが出たのか、声が細り響きに険が出て、ひやりとした(終幕ではさすが、立て直していたが)。グールドはこれが初役、ロール・デビューだそうだ。直情径行で、初々しくかつロマンティストの甘さももった勇者トリスタンによくはまっていたと思うが、演技者としては、もう少し踏み込んだ表現があっても良かったと思う。

主役2人に「いま少し」と感じてしまったのは、舞台上の動きである。演出意図があったのかどうか、たとえば第2幕で、信頼する甥トリスタンと最愛の妃イゾルデの密会現場を目の当たりにしたマルケ王が、絶望的な嘆きの声を発する場面。イェンティンスの歌唱は、聴く者の心を動かさずにはおれない切々たるものだったのだが、2人はまったく聞こえないかのごとく、無表情に立ち尽くす。イゾルデは歌の途中でドレスの裾を気にしながら座ったりして、ドラマの進行と切り離された動きに違和感をおぼえた。「このような地獄に私を突き落とすのは誰だ」と問う王に対して、「お答えしかねます」と応えるトリスタン。やはりここでは、忠誠を尽くしてきた王の嘆きに心乱され、苦悩しつつ、それでも、過酷な宿命に殉じて愛を選ぶ、究極の男の姿を見せてほしい。

舞台右手後方に配された水が場面に応じて効果的に使われ、水平線にも地平線にも見える光のライン、動きと色彩の変化で時の経過や心理を伝える大きな月など、舞台美術と照明は非常に美しく、創意に富んで素晴らしかった。シンプルな衣装は、イゾルデとブランゲーネに限っては、ふさわしいものだったかどうか微妙なところ。細身のツィトコーワには衣装のラインが簡素すぎて、王女づきの侍女という品格や豊かさが今ひとつ。終幕、イゾルデが真っ赤なドレスで登場したときには、瀕死の恋人のもとに駆けつける王妃が選ぶ服とは思えず、ちょっと驚いた。その後の展開で、演出の意図として「赤」が必要だったことは十分に理解でき、納得したけれども。演ずるテオリンも違和感があったのか、カーテンコールでは白いドレスに黒のマントに着替えて登場していた。

初めから終わりまで、丁寧に丁寧に、という姿勢で音楽を紡いできたオーケストラが、最後の最後、「イゾルデの愛の死」で、テオリンのパワフルな声を初めて(確信犯として)凌駕して、思う存分歌った。これぞワーグナーという、その豊穣な音楽に身をゆだねつつ、このような力のこもった公演に立ち会えたことの幸福を改めて思った。






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