#  307

アントニオ・メネセス&メナヘム・プレスラー
ベートーヴェン:チェロ作品全曲演奏会(第1夜)
2010年12月13日 @浜離宮朝日ホール
reported by 佐伯ふみ photo by 林 喜代種

チェロ:アントニオ・メネセス
ピアノ:メナヘム・プレスラー

【曲目】
オール・ベートーヴェン・プロ
ヘンデル《ユーダス=マカベウス》から「見よ覇者は帰る」の主題による12の変奏曲WoO.45
チェロとピアノのためのソナタ 第2番 ト短調 Op.5-2
モーツァルト《魔笛》から「娘か女か」の主題による12の変奏曲 Op.66
チェロとピアノのためのソナタ 第3番 イ長調 Op.69

1955年にボザール・トリオを創設、長年にわたって、数々の名演奏により、またさまざまな貴重な作品を舞台にのせることにより、室内楽ならではの親密な音楽の歓びを伝えてきた名ピアニスト、メナヘム・プレスラー。1923年生まれというから、御年87歳。オール・ベートーヴェン・プロをたずさえての来日公演とは、それ自体が驚異である。
共演の相手は、ボザール・トリオに1998年に加わり、2008年の解散まで共に演奏してきたチェリスト、アントニオ・メネセス。
生の演奏が聴ける貴重な機会とあって、日本の古くからのファン、そして教え子たちであろう、さまざまな年齢層の聴衆が集まり、終演後にはいつまでもやまない温かい拍手が演奏者に送られていた。コンサートが開かれる――それ自体が奇跡のような感動をもって迎えられる、稀有の音楽家である。

二夜にわたって演奏されたベートーヴェンのチェロ作品全曲。その第一夜を聴いた(当初の発表とは曲順を変えて演奏された)。
1曲目、ヘンデルのオラトリオの合唱曲に主題をとった変奏曲WoO.45は、ピアノがソリスティックな魅力を発揮し、チェロがオブリガートにまわる場面も多い華やかな作品。冒頭に置かれたこの曲が象徴するように、この演奏会の主役はピアノのプレスラーであり、チェロのメネセスはさながら師匠を立てるかのように、尊敬と愛情のこもった態度でプレスラーの演奏を立て、後ろのピアノから響いてくるプレスラーの音楽にじっと耳を澄まし、聴き入るかのような演奏ぶりであった。

聴いていて、ベートーヴェンの作品ではあるけれど、彼らしいコン・フォーコ――火のような情熱を持って――の性急な熱さや、皮肉のきいたユーモアや、悪魔的な哄笑を含んだスケルツァンドや、細部は敢えて無視して大きな構想で聞かせてしまう独特の性格小品(キャラクター・ピース)の風合いなど、つまりこれぞベートーヴェンというようなアクの強さは影を潜め、ロマン派の甘さ、儚さ、香気といったものが前面に出た音楽づくりと感じた。大きな構想よりも、音色の美しさや、細部のアーティキュレーションの工夫、チェロとピアノの音の受け渡しの丁寧さなどに心配りをした演奏。もうちょっとベートーヴェンらしい激しさを聴きたかった……などと思ったものの、しかし87歳という年齢を考えるならば、それは無理な注文というものだろう。

一貫して印象に残ったのが、プレスラーの音色の美しさ。特に音の立ち上がりと、フレーズの終わりの音の扱いは絶妙で、聴くたびに、なんと美しいことかと惚れぼれした。
長年のアンサンブルの経験から、打楽器的な発音構造をもつピアノの音を、いかに弦楽器の音のなかに違和感なく溶け込ませるか、そしてフレーズの終わりでは、弦楽器と同じように(自然に音が減衰していくのを待つのではなく)意志をもってピアノの音の響きをいかに消していくか。それにこだわりつづけた、一つの到達点なのかもしれないと思った。
この音の美しさは忘れがたく、空間のなかに意志をもって解きはなたれていった音が、いまも記憶のなかに余韻を響かせている。




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