#  309

中嶋香ピアノリサイタル 〈新たな宇宙の音をめざして〉
2011年1月10日(祝) @東京オペラシティ・リサイタルホール
reported by 多田雅範 photo by 林 喜代種

宗像礼 : ミューダン・インノム Medan inom for piano solo (2010委嘱新作) 初演
伊藤弘之 : ピアノのための「グトルフォスの夢」 (2010委嘱新作) 初演
篠田昌伸 : Carbonic Acid 炭酸 1.Splash - 2.Ice - 3.Swim into carbonic water (2010委嘱新作) 初演
山本純ノ介 : ピアノのための絶対音楽 Nr.3 1.カノン技法 2.砂のアダージョ 3.ワルツ・スケルツォ (2010委嘱新作) 初演
西村朗 : 炎の書 - ピアノのための (2010委嘱新作) 初演

ゲンダイオンガクだってピアニストによりますからね、と、ポリーニ体験を語ってくれた友人と会場で偶然、お年賀を交わす。合唱曲や現代曲で何度か観てきた中嶋香の現代曲の委嘱作だけで構成されたプログラム。3年ぶりのリサイタルという。曲が進むにつれて次第にホールが光にあふれてくる稀有な体験をした。

宗像礼の作品は、スウェーデン・オレブローの古城に捕らわれた女装で惑わす盗賊ラッセマヤが脱獄したエピソードを基に、両性的、境界、神秘性へと展開させる。中嶋の柔らかなダイナミックさとピアニシモの響かせかたをこの作曲家は知っている、と、直感した。ベーゼンドルファーのペダルを固定し、高音部から手のひらでリズミックに叩きながらピアノを一周し(つまりここでピアニストは立ち上がって、鍵盤ではなくピアノ本体の側面を叩きながら楽器を一周するのである)低音に戻ってくる共鳴音と想像(脱獄)が効果的だった。

ところで、演奏後ステージに呼ばれた作曲者は譜めくりの小林早苗さんにも握手を求めて会場からはなごやかな笑いが。コバヤシさんも照れ笑いだが、この日のコンサートはコバヤシさんなくしては不可能だったと、コンサートの最後に中嶋香が特に紹介したほど、その隠れた貢献は大であった。

伊藤弘之の作品は、アイスランドの100メートル程の巨大な滝に佇んだ体験から空想される音響イメージ。中嶋のピアニズムの柔らかさの特質が活きる。打音の、音響のカドがとがっていないのだ。いわばスポットライトがスイッチで点くようにはならず、光はふっと現れる。速く、ときになだらかに。滝の様子だから運動をともなった水の諸相が、光のように聴こえたことになる。

篠田昌伸の作品は今年の夏は暑くて炭酸をたくさん飲んだから、という。その単純な動機から、これほど微細で複雑かつ美しいコンポジションが立ち上がる力量に圧倒された。これほどの自然描写のきらびやかさを、ほかの方法では表現できない。柔らかいコントロールという名人芸がなければ・・・、今日のコンポーザーはみな中嶋香のピアノを知っているから書けたのだ、と、体験から浮上する当たり前な真実。

山本純ノ介の作品は、あえて「絶対音楽の3番」という厳しく簡素な標題で、3つの異なる様式と作曲技法に託したもの。2曲目のアダージョに、作曲者は、現代における”コケティッシュ”、その表情を、という。「水中で無限に涌き出す水の、単純でいてしかし二度と同じ表情はない」そのゆらめき、と。無調の中に現れる三和音、ワルツ、旋律の流れ強弱や高低の展開のアンバランスもしくは少しの驚きや違和感。スムースに予定通りに流れないこと、と、スムースを司る予断の体系、を、相互に意識しながら、すると、作曲者の譜面と演奏者の指先が、作曲を委嘱した/された瞬間からコミュニケーションしていたことが聴き手のわたしが今客席で想像を同時にしはじめる事態となる。

そして最後は西村朗の作品。始まってすぐに譜面の解像度、狙いの必然、ピアニストが練習しながら発見していった響きの奥深さ、を、感じさせる。中嶋香の響きの特質を熟知しつつ、このピアニストに限界まで響きの可能性を冒険させ、ここでしか響くことのない空間と、そしてこのなんとも豊かでいとおしいような沈黙を、この作曲家は、そしてこのピアニストは見事に構成し現出させたのだった。

徐々に光があふれてくる。それは作曲家と演奏家のコミュニケーションが照らすものでもあったし、聴くわたしが気付いてゆく歓びでもあった。豊かな表現力は諸刃の剣でもあろうが、この歓びに満ちた創造の関係は得がたいもの、それは演奏を終える中嶋香の笑顔にも映っていた。これには幸福な委嘱関係にとどまらないものがあると思う。作曲者も演奏家も日本語による編み上げによっている。この同時代性の価値といったもの。

アンコールに応えて間宮芳生作曲のピアノ小品「川のほとりに」「オルゴール」。友人がその2種のCDを買う。帰りに、カフェオレをたのんで「さすが西村朗」と上の句を言うと二人で同時に「横綱相撲!」と声がそろった。




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