#  311

JTアートホール室内楽シリーズNo.353 「河村尚子の室内楽」
2011年1月19日 @JTアートホール
reported by 佐伯ふみ 写真提供:JTアートホール アフィニス

ピアノ:河村尚子
ヴァイオリン:佐藤俊介、米元響子
ヴィオラ:鈴木康浩
チェロ:山本裕康
コントラバス:吉田秀

曲目:
J・フィールド:ピアノ五重奏曲 変イ長調 H.34
M・グリンカ:大六重奏曲 変ホ長調
F・シューベルト:五重奏曲 イ長調「ます」Op.114, D667

「誰になんと言われようと、自分たちが良いと思う音楽をやろう!」
そんな声が奏者たちから聞こえてきそうな、若さと自信、音楽する歓びがあふれる素晴らしいコンサートだった。この曲目を組んだのはピアノの河村尚子。JTから「室内楽のプログラムを自由に構成して一晩のコンサートを」とオファーを受け、それを「聞いた瞬間、たくさんのアイデアがぐるぐると頭の中を駆け巡り、絞り込むのに大変時間がかかった」とプログラムノートに記している。河村は昨年の新日鐵音楽賞の受賞者。曲目とこのコメントを見ただけでもさすがと思い、客席で開演を待ちながら、今日はどんな演奏が聴けるのかとわくわくした。ヴァイオリニストをはじめ他の奏者たちも、若手ながら曲目にも演奏にも一家言ありそうな強者(つわもの)ぞろい。こうした面々を引っ張って、ここまで乗りにのったステージを実現させたのは、やはり河村の人柄と、音楽家としての力であろう。

前半のフィールドとグリンカでは米元響子がファースト・ヴァイオリン、佐藤俊介がセカンドにまわり、後半の「ます」のヴァイオリンは佐藤が担当。1曲目の冒頭こそ硬さはあったが、どの曲でも、次の奏者へと音を受け渡していくときの仕草やアイコンタクトは非常に雄弁で、奏者たちのあいだに流れる親密な空気と強い信頼関係を感じさせる。いかにも楽しくてたまらないといった風情で、笑みを浮かべつつ夢中になって音楽に没頭する姿は、見ているだけでも楽しかった。「合わせ」の練習の時間に、彼らがいかに活発に意見を交わしつつ音楽を作っていったか、「この曲のここ、いいよね!」といったふうに、演奏する曲の面白さに彼ら自身がいかに感動し興奮しながら練習を重ねていったか。練習室のそんな情景が眼に見えるようだ。

ショパンの先駆として「ノクターン」を創始したというジョン・フィールドの作品は、抒情と歌心のあふれる佳品。出だし――カルテットが出て、ピアノが出て、再びカルテット、そしてピアノがそれに乗ってくる――が面白い。技法の面でもいろいろな工夫の凝らされた味わいのある音楽だった。ピアノの最後、カルテットのハーモニーに不協和なbを敢えてぶつける箇所。この一音が今ひとつ生きていない。「敢えて」の感じが伝わってこず、何かの間違いかと一瞬錯覚してしまった。es→b→asと落ち着くこの箇所では、たとえばesからbに移る際に軽い装飾音をつけ、カルテットの和音とほんの少しずらしてbの違和感を十分に聴衆に伝える。そんな即興の工夫を加えても、許されるのではないだろうか?

グリンカの六重奏曲は非常に華やかな、立派な作品で、興趣に富み、聴き応えのある作品だった。この曲から加わったコントラバスの吉田秀は、後半の「ます」ももちろん、全体を通して非常に大きな存在感を発揮していたと思う。コントラバスがこんなに面白い楽器とは思わなかった、とさえ言いたいくらい。上声部の連中の「ノリノリ」状態の演奏に自分もしっかり参加しつつ、ノリすぎず引きすぎずの絶妙な距離感をキープして躍動感のある拍を刻み、音楽の大きな推進力になっていた。チェロ(山本裕康)はグリンカで主旋律を担う場面が多く、ここぞとたっぷり歌った。ほんの少し、微妙なさじかげんと思うけれど、たっぷりすぎてちょっと拍がもたれたかなという時もあったけれど。ヴィオラ(鈴木康浩)は終始、余裕を感じさせ、冒頭の硬い場面では落ち着いたムードメーカーの役割を果たしていたように思う。ヴァイオリンの米元響子は、一種独特の野太さのある雄弁な音で、骨格の大きな音楽づくりをする人という印象。もっとこの人の演奏を聴いてみたいと思った。佐藤俊介は「ます」でソロ・ヴァイオリンを担当し、華やかさと自由奔放な歌で「らしさ」を発揮。

「ます」は筆者も大好きな名曲だが、名曲ゆえにいささか手垢のついたありきたりの演奏に堕していく危険もある。しかしこのメンバーは、「絶対にそんな演奏はするものか」とばかり、冒頭のドライな入り方をはじめさまざまな工夫を凝らして、この曲に新鮮な息吹を吹き込んでいた。

そしてピアノの河村尚子。冒頭2曲ではなんとはなしにピアノがもこもことした音に聞こえ、もう少し透明感のある明確な発音が欲しいと思った。ソフトペダルを多用しすぎたのだろうか? 弦のメンバーが一人一人かなりクリアな、存在感のある「声」を持っていただけに、ピアノがアンサンブルに溶け込もうとしすぎて、「らしい音」を発揮できずにいるようにも感じられた。
ただその点を除けば、この人の音楽の構築力にはとにかく感心。自分が音楽のどの部分に居て、大きなスパンではどこに向かい、小さなスパンでは何にこだわるべきなのか、このアンサンブルの中で自分は今どういう役割を果たすべきなのか、心憎いばかりに心得ている。ここぞというところで絶妙のアッチェレランドをかけ、盛り上げるのがなんと上手いこと(それにきっちりついていき、一緒に盛り上がっていける他の奏者たちも偉い)。

こんなに楽しいコンサートは久しぶり。この舞台の仕掛け人であるJTの、室内楽に対するたゆまぬ貢献に感謝の意を表したい。そして、もしかしたら終演後に奏者たちのあいだで交わされたかもしれない言葉――「このメンバーで、またアンサンブルをしたいね!」――を想像し、勝手な思い込みかもしれないけれど、ぜひそうあってほしいし、またぜひ聴かせてほしい、と思った。



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