#  322

すみだトリフォニーホール+新日本フィル共同企画 フランス・ブリュッヘン・プロデュース
ベートーヴェン・プロジェクト 第2回
2011年2月11日(土) @すみだトリフォニーホール
Reported by 多田雅範 Photos by 林 喜代種(2月19日撮影)

ベートーヴェン:交響曲第4番 変ロ長調
ベートーヴェン:交響曲第5番 ハ短調「運命」

創造と破壊、または、未踏の風景。

ブリュッヘンというと18世紀オーケストラの演奏をNHK−FMでエアチェックしては古楽器のオーケストラなのに実に新鮮に響いていた記憶がある。80年代の半ば以降のこと。現代音楽もペルト、シュニトケ、グバドゥーリナが聴こえはじめた頃のこと。もちろん指揮者としての活動以前に当代随一のリコーダー奏者として、レオンハルトなどと一緒に古楽というジャンルを開拓し音楽史を書き換えていたことは周知の事実。

09年2月に成功を収めたハイドン・プロジェクト、これはミュージックペンクラブ音楽賞を受賞したが、その同じ形式での制作、今度はベートーヴェン全曲。新日本フィルはピリオド楽器のアンサンブルとなって演奏するわけではないから、ブリュッヘンは純粋に近代楽器のオケを相手にこれらのプロジェクトを世に問うている。モダンなアンサンブルを用いて、ブリュッヘンの思考法(指揮)で、本来のベートーヴェンがどのような様相を見せるのか。開演を待っていると、第1回目の交響曲1番から3番まで駆け抜けた8日の公演のあと、今日の第2回目のチケットがよく売れていたとの会話も聞こえた。

古楽器アンサンブルの構築方法を近代オケに転写するのに、ハイドンならわかる気がするが、果たしてロマン派への前進こそが革新だったベートーヴェンでは、どのように?

今日は第4番と第5番「運命」。

そもそもスコアの速度表示の解釈が違っているのではないか、全体的にとても速い、肝心なところをすっとばしすっとばし鳴らしまくっているような印象。じっと沈黙を保って愛の告白を味わいたいシーンもおかまいなしにビデオの早送りを見せられているような気がした。これは私が知っているベートーヴェンの響きではない。第4番はあっけにとられて過ぎていった。

以前、衛星ラジオで平岡正明と佐久間駿との対談で「フルトヴェングラーで耳をつくったもので・・・」というセリフを耳にして、そうか若い時分に名曲喫茶で聴くともなしに馴染んでいった感覚はフルトヴェングラーのものだったのだな、と、感じたことがあった。

休憩をはさんでの第5番「運命」。テープの早回しなのは相変わらずだが、そうか、フルトヴェングラー以降の表現様式のすべてを一旦無効にしてかからなければならない、昨日までのベートーヴェンは参考にならない、むしろ障害になるものとして・・・聴かれなければならないのだな、と、アタマでは理解していても体のほうはなかなかそうなってくるものではない。

第2楽章で、耳がざわめいた。なんだろう、この沸き立ってくる現代的な美しさは。現代音楽の作品のようだ。良い意味でファナティックでさえある、きらめきに横溢している・・・、こう感じて手を握って息をのむ。聴くわたしに、これはベートーヴェンだという意識はもはやない。ブリュッヘンの意図がどうであれ、この楽章はすばらしい、いまここで鳴っている音楽をはやく誰かに伝えたい、そんなふうに遭遇した。

第3・4楽章は、さすがにわたしにとって小学生のころ登下校時に丸暗記してくちずさんでいたほど固定したイメージが刻印されていたこともあり、第2楽章のような奇跡は起きなかった。オーケストラが軋み、悲鳴をあげるようにして疾走させられている。ベートーヴェンは当時演奏家に対して反感を持ち、演奏家に負荷をかける向きもあったとも言うけれど、これでは台無しじゃないか。一体なにがあって、なにを求めてこんなことをしているのかブリュッヘン、とさえ思った。

ブリュッヘンは18世紀オーケストラの手法で、スコアに寄り添って新しいベートーヴェンを再生させようとしたのではなかった。彼の感覚で、いわばベートーヴェンのオルタナティブを見せたかったようだった。聴いたことのない世界だった。

・・・

ここで記述に困っていると、友人から「90年代には新しいベーレンライター原典版でのベートーヴェンという、新しいスコアの使用という、いわば革命的な動きがあった」と知らされる。ええっ?そんなこと知りません。90年代にベートーヴェンは聴いてません。結婚して子どももできたので名曲喫茶も行ってません。スコアがちがう?って、あの馴染んだ髪をかきむしって人生に苦悩するベートーヴェンは、クラシック界のジョン・コルトレーンたるベートーヴェンはどこへ行ったのだ、スコアがふたつあったら違う作品だろ?

なるほど。つまり、わたしにはブリュッヘンの立っている位置の認識すら無かったということだ。今日の運命の第二楽章、これは忘れがたい体験だったとして、そして、他の演奏についての評価はできないというのが明らかに、さらに、このベートーヴェンをもう一度聴きたいかというと、リスクを負ってでも聴きたいと思うのです。さて、すると、第1回目の公演のあとに観客がチケットを買い求めたという現象にも至極納得できるわけですが。ブリュッヘンをつかまえることはできなかった、しかし、『運命』2楽章との遭遇。これの変容がわたしの課された未来として受け取ることになった、そういう体験になった。





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