#  324

東京二期会オペラ劇場 コンヴィチュニー演出 リヒャルト・シュトラウス『サロメ』
2011年2月22日・23日 @東京文化会館
Reported by 佐伯ふみ Photos by 林喜代種(23日公演)

原作:オスカー・ワイルド
ドイツ語台本:ヘドヴィッヒ・ラッハマン
作曲:リヒャルト・シュトラウス

指揮:シュテファン・ゾルテス
管弦楽:東京都管弦楽団
演出:ペーター・コンヴィチュニー
舞台美術・衣裳:ヨハネス・ライアカー
照明:マンフレット・フォス
舞台監督:寺泉浩司

【主要キャスト】(Wキャスト)
サロメ:林 正子/大隅智佳子
ヘロデ:高橋 淳/片寄純也
ヘロディアス:板波利加/山下牧子
ヨカナーン:大沼 徹/友清 崇
ナラボート:水船桂太郎/大川信之
ヘロディアスの小姓:栗林朋子/田村由貴絵

このところ意欲的な公演の続く東京二期会が、またまた思い切った、見応えのある舞台を見せてくれた。ネザーランド・オペラ(オランダ、2009年11月新制作プレミエ)とエーテボリ・オペラ(スウェーデン、2011年9月)との共同制作で、ペーター・コンヴィチュニーによる新演出『サロメ』である。筆者は22日と23日の公演を観た。

演出の意図は、公演プログラムに掲載されたベッティーナ・バルツ(コンヴィチュニーと1983年から共同作業をしているドラマトゥルク)の制作ノート(市原和子訳)を読むと、およそのことがわかる。(また東京二期会のホームページでは、舞台美術と衣装を担当したヨハネス・ライアカーのインタビューが掲載されており、それも参考になる。)舞台装置、そしてそこで展開される人々の荒廃しきった振る舞いは、現代社会の「出口のない」閉塞感を示しており、サロメとヨカナーンがともに手を携えての奇想天外な幕切れは、その閉塞状況から新しい未来へ向けての「脱出」なのだ、と。
演出については、23日の公演後におこなわれたコンヴィチュニー氏の「アフタートーク」でいっそうクリアになった。聴き手は公演監督・多田羅迪夫氏、聴衆からもいくつかの質問が出て、コンヴィチュニー氏が丁寧に応えるトークは1時間余りに及び、多数の聴衆が熱心に聴き入る大変充実した内容だった(蔵原順子氏の通訳が素晴らしかった)。

東京都交響楽団を指揮したシュテファン・ゾルテスは、このプロダクションのプレミエである2009年ネザーランド・オペラ公演も指揮している。「幕切れの15分がこの演目で最も重要なところ」とコンヴィチュニーが言ったとおり、サロメ(大隅智佳子/林正子)の熱唱もあいまって、なんと美しい音楽だったことか。天才リヒャルト・シュトラウスの腕の冴えをつぶさに体験できる、優れた演奏だった。

舞台設定は、紀元前後のエルサレムの宮殿から置き換えられて、近未来の核シェルターを思わせる、出口のない地下室となっている。「月が美しい」と言って指さされる方向を見れば、中途半端にたるんだ白い風船。男たちは内向し、酒におぼれ、イヤホンの音楽に耽溺し、性的快楽を求めて徘徊する。女のほうがむしろエネルギッシュで、苛立ちを暴力的に表現している。椅子を投げ、机をひっくりかえし、照明スタンドを振り回してショートさせる。
いっさいのモラルなし、浅ましい人間の姿がこれでもかと描かれる。その端的な表現というわけだろう、ファック・シーンが何度繰り返されたことか。日本人歌手がここまでこなすようになったかと感無量。歌手という職業も大変である。

コンヴィチュニーのアフタートークによれば、人肉食(カニバリズム)や屍姦まで含んだこの演出は、初演でリヒャルト・シュトラウスらが聴衆に与えようと目論んだ衝撃性を、現代に再現するためだという。確かに、歌手が舞台でベールを1枚1枚脱いで半裸になるくらいでは、現代の聴衆は何の刺激も衝撃も感じないだろう。
その意図は、なるほど、解説を聞けば納得できる。ただ、筆者は2日連続でキャストの異なる公演を観て、解説を読み、関係者の話を聴き、トークを聴いて、ようやく舞台上で起こっている出来事を少しは把握できたから「納得」なのだが、ただ1回のみ、公演を観ただけではおそらく、音楽はどこかへ行ってしまって、衝撃的な舞台の様子のみが頭に残ったことだろう。戸惑い顔で沈黙のままホールを後にした多くの聴衆がいたのも事実。初日に出たブーイングも、やはり、むべなるかなである。

これほど面白い公演はめったに見られないのは確か。しかし舞台の情報量が多すぎること、そして、「衝撃」の必要性を超えた細工もあったのではないか、ということも、敢えて指摘しておきたい。
舞台下手で起こっていることに注意を引かれているあいだに、上手では別の出来事が進行している、というのは、演出のセオリーとしてはやはり「反則」であろう。出来事を追うのに忙しく、音楽などどこへやら、そうまでしてもまだ舞台で起こっていることを把握しきれない、というのは、観ている側にはかなりのストレスである。
死んだナラボートの尻をむき出しにして、寄ってたかって男たちがファックする屍姦のシーン。はては預言者ヨカナーンをヘロディアスが縛ったうえで強姦するシーン! 胸が悪くなるばかりである。舞台で、生身の歌手を使って、ここまでする必要があるか、どうか?
コンヴィチュニーは、「すべては音楽に表れている、自分は作曲家の意図を抽出し、現代の聴衆にふさわしい表現をとっているのみ」と言う。翻案というものの創造性と、限界とすべき節度について、考えさせられる。

歌手陣はいずれも水準以上で、聴き応えのある歌唱を堪能させてくれた。
はまり役という点では、ヘロデの高橋淳(性格俳優としての存在感十分)、ヘロディアスの板波利加(舞台を楽しんでいる余裕が感じられ、華やかな舞台姿)が印象に残る。
ヨカナーンは、Wキャストの2人が対照的な人物像を描きだしていたのが興味深い。大沼徹は、荒野で正義を叫ぶ、清新な若き宗教家を体現し、友清崇は、施政者の虚偽を断罪する威厳と力が表に出ていた。どちらも声の質・量ともに圧倒的な存在感を発揮。
サロメの大隈智佳子と林正子は、いずれも甲乙つけがたく、美しく良く響く声で熱演であった。林はその声の質もあいまって、少女の清純さや神秘性をより印象づけた。大隈は歌も演技もアグレッシヴで、荒廃した世界からただ一人、ヨカナーンを先導して未来を切り開いていく強さが表われていた。

最後に再び演出について。
「7つのベールの踊り」のシーンでは、サロメが出口のない地下室に「扉」の絵を描き、一人でそこから出ようとする素振りを見せる。その場にいる人々は、サロメの意図を理解するや、全員が一斉に壁に突進し、扉を描き、全身を壁に打ちつけ椅子を投げつけて、脱出を試みる。それまでてんでばらばらに荒みきった振る舞いをしていた登場人物たちが、初めて一つのはっきりとした目的をもって一斉に動きだしたそのさまには、深く胸を衝かれた。
先に、「必要性があったかどうか?」と問いかけた衝撃的な演出は、おそらく、観ている側にも登場人物たちと同じ荒みきった心情を植えつけ、「こんな退廃から抜け出したい」という切実な願望を生じさせる仕掛けでもあったのだろう。
飢餓に近いその願望を、演じる側も観ている側も共有できたからこそ、あの「扉」のシーンの感動はよりいっそう深くなった。

幕切れ、サロメは赤い緞帳をみずから引くことで「こんな酷い世界はもうおしまい」と宣言し、「愛の神秘は死の神秘よりも大きい」、つまり「愛は死に打ち勝つ」と歌ったあと、ヨカナーンとともに自由な外界へと駆けだしていく。このあたりの演出意図は、アフタートークでコンヴィチュニーがみずから語ったものだ。意図としては、なるほど筋が通っている。
筆者は2回の上演を観たうえでもそのような筋書きは読めなかったし、演出家の解釈を聞いたあとも「聖書のあの預言者ヨカナーンが、そんなアホな」という思いが残る。このあたり、そのうち腑に落ちるときが来るのだろうか? 
いずれにしろ、大いなる衝撃と問いかけを残した、まるで爆弾のような『サロメ』上演であった。









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