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新国立劇場オペラ公演 ヴェルディ『椿姫』
2011年2月26日 @新国立劇場
Reported by 佐伯ふみ

指揮:広上淳一
管弦楽:東京交響楽団
合唱:新国立劇場合唱団
合唱指揮:三澤洋史

演出:ルーカ・ロンコーニ
装置:マルゲリータ・パッリ
衣裳:カルロ・マリア・ディアッピ
照明:セルジオ・ロッシ
振付:ティツィアーナ・コロンボ
再演演出:三浦安浩

【キャスト】
ヴィオレッタ:パトリツィア・チョーフィ
アルフレード:ウーキュン・キム
ジェルモン:ルチオ・ガッロ
フローラ:小野和歌子
ガストン子爵:樋口達哉
ドゥフォール男爵:小林由樹
ドビニー侯爵:東原貞彦

新国立劇場の『椿姫』公演の最終日を聴いた。
今回は新国立劇場初登場が3人。指揮の広上淳一、そして主役の2人、ヴィオレッタのパトリツィア・チョーフィとアルフレードのウーキュン・キムである。

ヴィオレッタのパトリツィア・チョーフィは、声そのものの魅力というよりも、ドラマティックな表出力と演技に強みのある歌手のようだ。 出だしの第一声、分厚い合唱と管弦楽を突き抜けて「主役登場」を鮮烈に印象づけてほしい場面で、少し拍子抜け。声に芯がなく響きが拡散気味で、ハイトーンになると全身を使って絞りだすように発声する、細身の立ち姿とあいまって、タイトルロールとしては迫力不足という印象。しかしその後、終幕に向かって尻上がりに調子を上げてきて、この印象は一変した。
終幕の死に至るまでのドラマの進行を見すえ、考えぬかれた表現で1つ1つのシーンで山場をつくっていく。初めは欠点と見えたチョーフィの声質や華奢ではかなげな立ち姿が、これ以上ないほどヴィオレッタにはまると思えてくるのだから不思議だ。ほとんどヴィオレッタの一人舞台とも言える第3幕の表現力と、ムダなく品を失わない動きは見事。役に対する知的なアプローチを持ち味とする歌手なのだろう。期待を超えるヴィオレッタであった。

アルフレードのウーキュン・キムは、声を聴いているだけでオペラの魅力を堪能させてくれる、恵まれた美声。アルフレードにはよくはまった。

ジェルモンのルチオ・ガッロは、新国立劇場では『オテロ』のイアーゴをはじめおなじみで、終演後の拍手もいちだんと多く、人気の高さを思わせた。第2幕におけるジェルモンの演技に対しては、『椿姫』好きの聴き手にはそれぞれ「こうあってほしい」という思い入れがあるだろう。私には、ガッロのジェルモンはちょっと立派すぎたかな、という印象。
田舎の篤実な、素朴な(それゆえに頑迷な)倫理観と宗教観の持ち主である初老の父親が、娘の結婚のために意を決して「上京」し、都会の上流社会で高級娼婦として生きてきた女を訪ねて、息子と別れるよう言葉を尽くして説得する。この場面でのジェルモンのアリアやレチタティーヴォには、その説得の、脅したりすかしたりというすべての要素が含まれている。息子に対する苦い感情(娼婦などに引っかかってという忌々しさ)、泣く女にふと情を動かされる優しさ、しかしここで一歩も引いてはならぬという必死さと焦り、そういう微妙な感情の移ろいを、ここでぜひジェルモン役には表現してほしいのだが、どの歌手が歌ってもとかく一本調子になりやすい場面ではある。
ガッロは長身の堂々たる体格で、シルクハットの正装に身を固めた立ち姿は、田舎紳士の必死の説得というには立派すぎ。ただし、素晴らしく迫力のある美声は、第2幕後半、舞踏会のシーンでは非常に印象的に生きた。

広上淳一指揮の東京交響楽団は、オーソドックスな演目を流麗にめりはりよくまとめ、安心して楽しませてくれた。第1幕、ヴィオレッタのアパルトマンでのパーティで、別室でダンスの音楽が響くなかヴィオレッタとアルフレートの重要なやりとりのあるシーンでは、回り舞台を生かした気の利いた演出(ルーカ・ロンコーニ、装置マルゲリータ・パッリ)とあいまって、オーケストラの遠近法的な使い方が非常に生きていた。
演出で注文をつけるとすれば、第2幕舞踏会のシーン、ジプシーの女たちと闘牛士たちの動きがいずれもお行儀よく整列したままで、つまらない。豪奢きわまるパーティなのだ。バレエ・ダンサーが出てきてもよい場面。惜しかった。



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