#  330

震災復興記念 群馬交響楽団東京公演
2011年3月26日(土) @すみだトリフォニー・ホール
Reported by伏谷佳代 (Kayo Fushiya) Photos by 林喜代種 (Kiyotane Hayashi)

指揮:沼尻竜典
オーケストラ:群馬交響楽団
ピアノ:小菅優

≪プログラム≫
バッハ:アリア(*献奏)
ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番ト長調op.58
シューマン:子供の情景op.15より(*小菅優のアンコール・ソロ)
<休憩>
ブラームス:交響曲第2番ニ長調op.73

本来はすみだトリフォニー・ホール恒例の「地方都市オーケストラ・フェスティヴァル2011」の一公演として挙行されるはずであった。しかし3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震のため、その他のオーケストラは上京困難となりキャンセル。そのようななか、比較的地理的にも東京に近い群馬交響楽団は自主の「震災復興記念」として公演を決行した。震災の影響で当初予定していた指揮者のカール・ハインツ・シュテフェンスの来日もキャンセルとなり、群響の首席指揮者で芸術アドヴァイザーでもある沼尻竜典が急遽代行することとなった。群響も震災後初の公演となったこの日、「かかる状況下でオーケストラが出来ることは本業の音楽でもって被災地を励ますことである」という団員の力強い決意のもと、会場は終始熱気に包まれることとなった。

冒頭に被災者への献奏としてバッハのアリアが奏され、ドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」へ。群馬交響楽団を聴くのは初めてであったが、このオーケストラの個性はおそらく洗練や繊細を持ち味とするものではないだろう。どちらかといえば非常に人間味のある、時に泥臭い肉感性をその特色とするのではないか。ロマンティックではなく、ドラマティックな音楽においてこそその本領を発揮するのではないか、というのが第一印象である。事実、このドビュッシーにおいて、アンニュイなパリの洗練はそれほど感じられない代わりに、まるで大地に音が吸着されてゆくようなマグネティックなサウンドが独特の臨場感を生んでいたといえる。この曲の聴きどころのひとつである導入部の倍音気味のフルート・ソロでは、音程の曖昧さを逆手に取ってのニュアンスの豊富さに引き込まれるものがあった。ハープと一体になったとき、欲を言えばその触手にもう少々の立体的な色彩の広がりが加われば、と思わないでもなかったが。その場の空気を採り込むかのようなニュアンスづけは、弦パートに至っても顕著で、空気の孕みが全体のサウンドにもたらす高揚感と温もりが「手造り」のアナログ感を生んでいる。これを単なる「ざらつき」と受け取るか、音を合わせるという行為へフォーカスしたノイジーな演出、と解釈するか。そこはやはり現代音楽にも強い沼尻竜典であるから、筆者は後者を取る。

続いてヨーロッパを活動の拠点とする小菅優をソリストに迎えて、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番。作品の個性より奏者のカリスマ性で圧倒するソリストは結構いるものだが、小菅優の演奏はそういったタイプとは対極にある。あくまでオーケストラとの融和、太い音の波としていかに多層的なうねりを作りだすかが彼女のスタイルであり、余裕と貫録を感じさせるところでもある。骨太の、肝の据わったピアノ。それを「男性的なピアノ」と称してしまうのはあまりにもたやすい。生みだされるは力強いサウンドながら、音の内堀を丁寧に埋めていこうとするその入念さにおいて、非常に成熟した女性らしさを感じさせる。テンポは緩めの設定で、冒頭のピアノソロ導入部からたっぷりとした響きが紡ぎだされてゆく。オーケストラと対話しながらのナチュラルな入り。呼吸することがそのままピアノを弾くことであるような柔軟さである。楽器が息をしているさまに耳を傾けるのが心地良い。ピアノは十全に鳴らされるが、それは必ずしも強音であることを意味せず、オーケストラと一体になってじわじわと寄せては返す。ともすればピアノの音がオケに埋没していると感じられる瞬間もないわけではないが、それは小菅の並はずれた聴覚センスによる考え抜かれた演出のうえでのこと。無数の音の重なりの中から、楽曲の進行とともにピアノが頭角を現し、気が付いたら一番の牽引力として音楽を引っ張っている運行はさすが(沼尻竜典の確かな俯瞰力に依るところも大)。第1楽章に二度現れる長大なカデンツァも、ベートーヴェンという「無骨な男の激情」を表現するにふさわしいエネルギーの迸(ほとばし)り。音色は決して華美ではない。鍵盤の奥へ奥へと楔をうがち続けるかのような、ピアノ線の末端までを震わすような、くぐもりのなかでひしめき合う戦慄。色彩のパレット数は決して多くはないかもしれないが、ひとつひとつの音色がしっとりとした触感と密度、主張を持つ。それが小菅優の音色の魅力であり、一朝一夕では身につかない、10歳から過ごしているというヨーロッパでの歳月の重みを如実に物語るものでもある。枝分かれしつつもすっきりと同心円状の音の連なりとして棲み分けが出来ている群響の低音弦と、歩調を合わせつつも重力のポイントを絶妙にずらした第2楽章、音圧の効いたピアノの装飾音はヴァーティカルに決然と響きわたる。残響の霧のなかからふわりと立ち昇るようにスタートする第3楽章、激しさと凪とのメリハリの良さは完璧なオケとの一体感で実現される。ここでも小菅優自身の主張はあくまで控えめ。楽曲構造の良さを浮き彫りにしようとする透徹した意識が、余情を排した趣味のよいリリシズムとなって力強く会場を満たす(やはり、このピアニストにはリストがぴったりと確信した次第)。アンコールはシューマン『子供の情景』より「詩人は語る」。音を出した瞬間にその終焉の響きまでをも視野にいれているかのような、俊敏なる意識の跳躍。静謐だが竹を割ったような見通しの良さも同居する。繰り返すが、これは男勝りの演奏ではない。包容力に満ちた、極めて大陸的なレディの演奏である。

休憩を挟んでのラストはブラームスの交響曲第2番。先に述べたオーケストラの個性と楽曲が見事に合致するものであったといえる。沼尻竜典の指揮は各パートをすっきりと制御しながらも、スケールの大きな渦を同心円状に練りあげてゆく。その指揮は各パートの自由裁量をかなりのところまで尊重したと見え、稀にアンサンブルの繋ぎ目になめらかさを欠いたりはしたものの、全体としてのダイナミックな感情の発露はそれを補って余りある。白眉は緩徐楽章。ひたすらに横のラインが美しい、指揮者の体の動きと一体化した端整な弦の波動が印象的な第2楽章。それと対比するかのように、小刻みな弦と管のピッチカートが融和しながらも饒舌にさざめき合う第3楽章。最終楽章はこのオーケストラの持てるダイナミズムの面目躍如たるところ。霧の中から立ち現れるかのようなピアニシモから唐突なエネルギーの噴出まで、その振幅の大きさがこの楽曲構造のなかで水を得た魚のように泳ぎだしていたといえる。ここでもパートによってはハッスルが過ぎ、情緒に関してはブラームスらしさから逸れる瞬間もあったが、絶えず暗雲のもとにあるかのようなサウンドの重厚さと多層感は誠実に体現されていたといえよう。過度なドラマ性に陥らないよう要所々々で引き締める沼尻の手綱さばきも、メリハリの効いたものであった(*文中敬称略)。





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