#  334

東日本大震災チャリティコンサート チョン・ミュンフン指揮 ソウル・フィルハーモニー管弦楽団
ヴァイオリン:庄司紗矢香
2011年5月10日 @サントリーホール
Reported by 佐伯ふみ Photos by 林 喜代種

曲目:
1.チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲ニ長調Op.35
2.チャイコフスキー:交響曲第6番ロ短調Op.74「悲愴」

底知れぬ「伸びしろ」を秘めたオーケストラ

アジアのオーケストラとして初めて、ドイツ・グラモフォンとの長期的録音契約を結んだ(2010年末)というソウル・フィルの、初めての日本公演を聴いた。

2011年5月17日付朝日新聞記事(吉田純子記者)によると、韓国では現在、約30ものプロの楽団があるという。ソウル・フィルはそのなかでは、1948年創立という伝統ある楽団。2006年にチョン・ミュンフンが音楽監督に就任し、その後1年間で楽団員の60%を入れ替えるという大改革をおこなって、国際レベルまで演奏水準を高めてきた。楽団員の10%が外国人奏者、各楽器のトップには経験豊富な海外アーティストが名を連ねる。アジアのオーケストラ、とは言っても、日本の多くのオーケストラと同じく、「純正の」(?)韓国人あるいは日本人の音楽性なり演奏技術を、そこから聴きとろうとするのは少々無理があろう。 また今回は、震災のチャリティということもあって、チョンが桂冠名誉指揮者として関わる東京フィルハーモニー交響楽団の奏者たちや、NHK交響楽団の奏者も加わっているとのこと(冒頭のチョン氏のメッセージで明らかにされた)。初来日のソウル・フィル、その力量・音楽性やいかに?という気持ちで聴きに出かけたが、その期待は今回はとりあえず脇におき、大震災の被災者に心を寄せて敢えて来日し(楽団員107人のうち、15人はやはり原発事故等への恐れから参加を断念したという)、日本の聴衆に覇気のある音楽を届けてくれた、チョン氏とソウル・フィルの団員たちの心を、まず、感謝して受けとめようという思いで聴いた。
日本とはさまざまな歴史的な経緯があり、しかも原発事故では直接的な影響・被害も及ぼしている近隣諸国の音楽家から、このようなあたたかな心遣いを示されることには、やはり格別の思いがわく。チョン氏のメッセージを聴きつつ、人と人とを結びつけ、あたたかく包む音楽の力を改めて嬉しく感じた 。

冒頭のヴァイオリン協奏曲、ソロの庄司紗矢香の人気の高さを、改めて感じさせられた。聴衆の期待にたがわず、高い集中力、テンペラメントのある演奏を聴かせてくれる。てらいなく、しかし聴く人の心を強く惹きつける力をもった音楽家である。

ソウル・フィルは、協奏曲の出だしで少し、おやと思い、続く緩徐楽章でやはりという感を深くしたのだが、弦が少し弱い。それに比較すると、管は、伸びやかで艶のある響き、表情の豊かさで出色。総じて弦は、音量の弱い、穏やかな楽想になると、すとんと表現の強度(音楽の緊張感・推進力)まで落ちてしまうという印象。
後半の「悲愴」、第1楽章では、最後に主題が回帰してくる場面で、音楽がいったんすべて終わってから、おもむろに出てくる観あり。ゲネラル・パウゼがあっても音楽は続いている。カオスの中から奇跡のようにあの旋律が浮かび上がってくる、その美しさが少し……。第2楽章の付点のリズム、音と音のあいだの得もいわれぬ間(ま)、空間がもう少し欲しいし、第3楽章、行進曲ふうのリズムの刻みが機械的に聞こえるときも。
個々の旋律、フレーズが少しあっさりしすぎているようにも思った。フレーズの終わりの音の消し方、空間への投げかけ方に、あまり注意が払われていないのかもしれない。そのために、フレーズの意味やメッセージを聴く人すべてに届けたい、という奏者の執念のようなものがあまり感じられず、あっさりという印象につながってしまう。惜しいなと思う 。

のっけから手厳しい意見ばかり書き連ねて、さぞや演奏が悪かったのだろうという印象を読者に与えてしまうと申し訳ないのだが、決してそうではない。「惜しい」と思える点はあるにはあるが、それを補ってあまりある魅力がこのオーケストラにはあるのだ。
音量が増し、目標とすべきポイントが明確な楽想で特に顕著なのだが、このオーケストラは、ここぞというときに、実に華やかで、思い切りよく、大胆な表現をする。表現の出力のレンジが大きい、と言うべきか。ここがもしかしたら日本人と韓国の音楽家たちの違いかもしれないが、彼らは欧米人と共通するような強い(外向的な)表出力をもっていて、メリハリが実にはっきりしている。最後には聴衆を巻き込み熱狂させずにはおかないような情熱、パワーを、臆せず前面に出すことができるのだ。ここ数年、急成長してきた楽団ならではの勢いがあり、底知れぬ「伸びしろ」を秘めたオーケストラであると感じた。
終演後、スタンディング・オベーションで奏者を称える聴衆も多数。オーケストラの響きの醍醐味を存分に味わわせてくれる、優れたコンサートであった。









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