#  335

東京ニューシティ管弦楽団
第74回定期演奏会
2011年5月14日(土) @東京文化会館 大ホール
Reported by 多田雅範

スメタナ:連作交響詩「わが祖国」からヴルタヴァ(モルダウ)
西村 朗:「樹海」二十弦箏とオーケストラのための協奏曲
ドゥヴォジャーク:交響曲第9番「新世界から」<最新校訂版世界初演>

これはいわば革命的な。120年の時間を超えて鳴りひびくドゥヴォジャークなのだ。

この公演は録音されており、CD化されて世に問われる。

これまで演奏されてきたドボルザークの「新世界から」は、自筆譜に照らし合わせてみると夥しい数の重要な間違いがあると指揮者の内藤彰は指摘している。パンフレットにはその内容が、20ページ以上にわたって記載されている(それでもほんの一部)。会場では校訂版の楽譜も販売されている。開演前に、内藤さんはマイクを片手に登場し、ドボルザークという呼称も正確には「ドヴォジャーク」だそうで、楽譜とともに「本来のもの」にしていく明るい決意が伝えられた。

東京ニューシティ管弦楽団(TNCO)は、池袋の東京芸術劇場で何度か聴きに行った。あのホールはどうも響きがこもるのかすかすかになるのか、表現の質量が欠ける。それでもわれわれ練馬区民にとっては西武線・有楽町線・東上線1本で聴ける身近な存在。プログラムも、一度はライブで聴いておきたい名曲たちが並ぶ。今回は、東京芸術劇場が改装中ということで東京文化会館で聴けた。断然いい響きである。がっちりと腰を下ろした横綱のような中低音をこのオケが保持していることに気付いてはっとする。

1月に中島香のピアノリサイタルで思わず「横綱相撲!」とうなってしまった現代日本の作曲家・西村朗を、今日は聴きに来たのだ。二十絃箏の吉村七重は国宝級のスペシャリストだ。

1曲目の「モルダウ」を聴き終えて、十全に旋律と響きが耳に届いているのに、何かすっきりとした模範解答を見せられただけのような、気にさせられる。ゴールデンウィークの翌週の土曜日の午後、上野公園の入り口、写楽展やパンダに行き交うにぎやかな人々の動き、子どもたちの歓声、セーラー服と学生服、初夏を思わせる日差し、今年も夏がやってくる、何事もなかったように、と、少々火照った思考の風情が音楽を聴こえないようにしているのか。

ざわざわ。おそらく、なにか苛立ちをかかえた耳が、昨日とは異なっている。

西村朗の「樹海」が始まった。オケの響きは樹海に模され、そこに筝の響きが、と、解説は先に読んでしまっていた。もこもこと、おそらくスコアで書かれたシャープさ、明晰さが、充分ではない出力になっているものか。風景は明確なのに、解像度が足りない。いや、そもそもこの曲に、こちらを動かす「何か」はあるのだろうか。見事な営為は行なわれている。

ドヴォジャークにも、明晰さ、しか、感じることができなかった。

「いびつで間違いだらけのわたしたちは・・・」、と、どの瞬間からか、心の中で浮かんだフレーズが頭の中の宙に浮いている帰路。

それぞれのオーケストラが所有しているスコア、たとえばこの「新世界から」、には、そのオケがさまざまな指揮者を迎えたり、ヴァーチュオーゾたちとの共演といった、その歴史において、さまざまな示唆やら助言やら、が、手書きで重ねられているもので、それが、そのオケの深みであり響きであり表現であり財産である、ということがある。新しいスコアは、その巨大な伝統と、基本的に対立する。ベートーヴェンのベーレンライター原典版のように、ジンマン指揮の名演を起爆にして普及することで革命はなされる。

わたしの耳は保守的である。チャーリー・パーカーやガスター・デル・ソルや寺嶋陸也は初聴きでのけぞれた一方で、フリッパーズ・ギターやフランク・ザッパやジンマン指揮のベートーヴェンは、最初何がいいのかさっぱりわからなかった。内藤版ドヴォジャークには出会ったばかりだ。思えば震災後に耳にした最初のオケの響きが今日だった。このピンとこない・・・明晰さだけにさらされたひとときは、もしかしたらこれからの明日を示していたのではないか、と、数日経って思っている。

(アフターアワーズ)
サントリー芸術財団が発行した『日本の作曲・2000-2009』(http://www.artespublishing.com/books/903951-42-3.html)が届いていた。片山杜秀・白石美雪・楢崎洋子・沼野雄司の4氏が座談会形式で、1年ごとに各自が4・5作品を列挙したうえで日本の現代音楽シーンを総括しているという、のどから手が出るほど読みたかった本だ。

今日聴いた西村朗「樹海」は2002年に採り上げられている。この年は、松村禎三も三善晃も三輪眞弘も吉松隆も細川俊夫も湯浅譲二も新作を出している。この十年を代表しているのは川島素晴と三輪眞弘なのだな。な、なんだフォルマント兄弟のフレディ・マーキュリーの声を蘇えらせた作品とは?メルツバウ(秋田昌美)と権代敦彦の作品が「アコースティック側の壮絶な敗北の15分間」?・・・面白すぎる。

総括では、「現代音楽」がどんどん語り難くなって次の10年後にはこの座談会が成立しないのでは、と、起こされている。これはどの音楽ジャンルでもそうであって、興味深い。現代音楽とは、音楽大学の学生たちと助成金を中心に保護的に成り立っている、クラシックの技術的な鍛錬が土台にあるものだ、と、気軽に考えているわたしにとっては悲観的な展望はあまりない。ブラームスやモーツァルトとともにプログラムに組めるようなものが現代音楽であり、他のは実験音楽とか何かでいい。オケの響き、合唱の響きには生命力がある。

何をここで暴走しているのだろうわたしは。



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