#  336

東京フィルハーモニー交響楽団
第802回オーチャード定期演奏会
2011年5月15日(日) @Bunkamuraオーチャードホール(渋谷)
Reported by 多田雅範 Photo:三好 英輔

指揮:飯守泰次郎 

ワーグナー:楽劇『ニュルンベルクのマイスタージンガー』より第1幕への前奏曲
矢代秋雄:ピアノ協奏曲 (ピアノ:田村響)
ドヴォルザーク:交響曲第8番 ト長調 作品88

矢代秋雄の「ピアノ協奏曲」が聴ける!数年前まで矢代の名前すら知らなかった。ロックの感性で、またはフールズメイトの感性で、前衛音楽・現代音楽を片っ端からFM放送をエアチェックしては聴いてきて、武満徹と三善晃と黛敏郎が巨人として聴こえてきたのに。三善晃と「キラ」「キオ」と呼び合う交流を知って手にした矢代の存在をCDで聴いて、確固たる骨格を持つ作品に即座に圧倒されたのだ。

東京フィルハーモニー交響楽団は今年創立100周年を迎え、「響 悠久の約束」と冠された公演が行なわれている。5月の定演は、矢代のふたつの代表曲「チェロ協奏曲」「ピアノ協奏曲」をそれぞれ配置した二日の公演。いずれもメインはドヴォルザーク8番。指揮はマエストロ飯守。

恥ずかしながら。指揮の飯守泰次郎、は、初めて聴くのだし、オーチャードホールでオケを聴いたことはあったかしら、ジャズのピアノ・トリオやポピュラー音楽は聴いた記憶はあるけれど、といった風情、で、開演を迎える。まず、オーチャードの響きがいいこと、「おお、ハイファイな!」と形容がついて出た。都内のおおよそのホールの格付けなり保持する色彩なり風格の響きかたなり、あるけれど、ここの聴こえの真正面さ、端正な輪郭は別格である。

ただ、「ピアノ協奏曲」の最初のほうで、おそらく施設内の警報か何かか高音の信号音が演奏にかぶさっていたトラブルはちょっと残念だった。変わったものを聴けたな、と、それでも悠然と構えられたのはおそらく飯守のしなやかで懐の深い指揮のせいだったかしらと、今、書きながら思う。矢代の「ピアノ協奏曲」といえば初演から弾き続けた中村紘子のピアノが動かしようのない存在としてある中で(舘野泉も弾いたらしい!)、若き田村響がどう弾くのか、どう弾けるのか、という期待の気持ちがそのノイズトラブルからの巻き返しを容易にしていたし、そういう指揮者の心情は客席にいて、そういうものは伝わるものだし、応えて期待以上のしっかりとした響きの足取りを見せた田村のピアノ、にも、感動的なものがあった。不思議な「ピアノ協奏曲」の体験、とも言える。この作品には確固たる骨格があるので、そんなことでは壊れないのだ。いや、考えてみると、この壊れなさ、という資質は、他の現代音楽の作品ではどうだったろう?

飯守が振るドヴォルザーク8番を聴きながら、これこそ生きている演奏だと思った。うんとこしょ、どっこいしょ感が無い。イタリアの競馬騎手デットーリが今年のダービーに来日することにうきうきしているオヤジでもあるわたしであるが、飯守のしなやかな身のこなしは超一流の騎手と共通する何かがあるのではないか、と、クラシックファンは顔を歪めるかもしれないが、このところ矢代秋雄の著書『オルフェオの死』(深夜叢書社1977)を小石川図書館から借りて、矢代が趣味の乗馬と音楽を思考して「速度感」と「リズム感」について記している箇所から、連鎖した感想である。

躍動する補助線といったものを聴く耳に。矢代の「ピアノ協奏曲」がバレエとして上演されたこともあった(第十回スター・ダンサーズ・バレエ公演1968)という。こないだジャズ・ピアニストのフレッド・ハーシュがバレエダンサーをモチーフにした映像的な演奏「Whirl」(http://www.jazztokyo.com/column/tagara/tagara-20.html)に胸躍っていたばかりだ。力強い演奏、こけおどしな情熱、見事な技巧の披露、・・・すばらしい、と、言う内実にはいろいろあるけれど、飯守泰次郎が振ったドヴォルザークには、これらを排除した上質なすばらしさがある。おわかりのとおり、わたしは言い得ていない。

もしかすると、スコアも、技術の高みも、旋律の民族性も、作曲家の意図も、持ち出したモチーフも、二次的なものであるかもしれない。

震災の直後、ライフラインも充分ではない困難の中、テレビの取材を通して聞こえてきたある避難者の声に、私はハッとしました。それは「音楽が聞きたい。コーラスでも来てくれないか」という言葉でした。第2次大戦直後、壊滅的な状況にあったドイツで、オーケストラと演奏家たちがあらゆる困難を顧みず真っ先に演奏を開始した。音楽は人間の精神におけるパンとソーセージであり、・・・と、飯守泰次郎が公演パンフレットの冒頭で記している。わたしはそんなきれいな文字列にはそもそも懐疑的なのであるが、公演後の副都心線で読んでいて、わたしの中の復興のスイッチが入るのを感じたのだ。映画を観たあと主人公になりきってしまうように、ドヴォルザークを耳に鳴らしていたのだった。

(追記)
公演ブックレット。曲目解説も、矢代夫人と飯守の対談も、いくつかのコラムも面白い、とりわけ、片山杜秀の東京フィルの歴史をひもとく連載「百年の歳時記」、第二回「いとう呉服店少年音楽隊と海軍軍楽隊」は面白いです。書き出しリードは「N響コンマスもエノケンの楽長も少年音楽隊員」。





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