#  338

ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン
2011年5月5日 @東京国際フォーラム内 G402(リルケ)
Reported by: 悠 雅彦


久保田巧 violin
村田千佳 piano

北村朋幹 piano

児玉 桃 piano

 ふくしま原発事故(東日本大震災)の影響で海外演奏家が来日を取りやめたり見合わせたりする中で、「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン 2011」が例年より規模を縮小しながらも5月3日に幕を開けた。確かに今年は会場の東京国際フォーラムの大ホールでのコンサートは姿を消したが 、『届け!音楽の力、広がれ!音楽の輪』を合い言葉に、中小ホールでの熱のこもった演奏がファンの喝采を浴びた。NHKのFM放送が生中継した2日目のウラル・フィルハーモニー管弦楽団や、ブラームスのダブル・コンチェルトでフィーチュアされた庄司紗矢香(vln)とタチアナ・ヴァシリエヴァ(vc)の熱気を充満させたライヴ演奏を聴く限り、まさに熱狂の日(ラ・フォル・ジュルネ)の名に恥じない熱演が聴衆にアピールしたと聴いた。
 私は時間ができた最終日(5日)の午後、100余人収容の小さなホール<リルケ>で3つの演奏会を聴いた。
 ここはホールというよりは本来が大きめの会議室(ルーム)といったところ。横に長細い板張りのルームの中央にスタインウェイ、その周囲から出入り口にかけて客席を並べたセット。急ごしらえの感じはしない。むしろパリの下町にあるこぎれいな芝居小屋を思わせる雰囲気がある。気になったのは天井が低いこと。音が沈んできれいに抜けないのではないかと案じたのだ。その杞憂は半分ほどは当たった。最初のヴァイオリンが鳴りだしたとき、案の定レコーディング・スタジオで聴いているときに似たデッドな音質がなかなか耳に馴染まない。だが、聴き進むうちに、ブラームスのソナタ(第3番ニ短調 op.108)の情動性濃い旋律線が部屋の空気を動かしはじめた第1楽章の後半あたりから、この残響の乏しいスッピン風の音が気にならなくなった。とりわけ三部形式からなる第2楽章の夢想的な旋律が5月の風のような爽やかさで語りかける。この曲を2週間ほど前にギドン・クレーメルとヴァレリー・アファナシェフで聴いたときの緊張感をはらんだ密度の濃い内省的なドラマがもっと情熱的な明るい色彩をもつものへと姿を変え、ブラームスが晩年の諦念の中であたかも炎をたぎらせようとしたかのようなパッションを思わせたところが面白い。もう1曲のリヒヤルト・シュトラウスのソナタ(変ホ長調 op.18)の方が作曲者若書きの作品だけに溌剌として開放的。昨年4月のワディム・レーピンによる同演奏に負けないだけの新鮮な充実感が印象深かったのも、演奏者に手の届きそうなところで湯気が立っているような生の音の魅力に酔ったせいかもしれないと考えると、面白い経験ではあった。そういえば、レーピンはブラームスのニ短調ソナタも演奏した。久保田もこの公演を聴いたかもしれないと思うと、これまた愉快。

 北村朋幹と、直後の児玉桃。この2人のピアノ演奏では興味深い体験をした。北村の音はくすんでいて、むしろ底へと沈み込んでいくみたいだ。ところが、北村の演奏が終わった45分後に始まった児玉桃のコンサートでは、児玉のピアノが強烈な輝かしさで炸裂する。ピアニストの要望で楽器を換えたのだろうと思って担当者に念のため確かめたら、何と同じスタインウェイだという。同じ楽器なのに叩きだされる音がこれほど違うとは! 私には初めての経験だった。プログラムに両者の選択が重なり合う楽曲が並んだため、対照の妙がいっそう鮮明になったといえるような気がする。両ピアニストのプログラムの中心はシェーンベルク、ウェーベルン、ベルクら新ウィーン楽派の作品で、北村がベルクの「ピアノ・ソナタ」(op.1)とシェーンベルクの「6つのピアノ小品」(op. 19)、児玉がシェーンベルクの「3つのピアノ曲(op. 11)とウェーベルンの「ピアノのための変奏曲」(op. 27)。またブラームスでも、北村は「6つの小品」(op. 118)、児玉は「4つのピアノ小品」(op.119)と「パガニーニの主題による変奏曲イ短調の(第2集op.35)と示し合わせたように重なった。
 この対照的なピアノの響きが面白いことに、新ウィーン楽派の音楽と世紀末の情景をちょうど前と後ろから見るスリルを味合わせてくれることになった。むろん北村の演奏を聴いているときには予想もしなかったこと。この合わせ鏡のような効果を意識したのは、児玉がオープニングで勢いよくシェーンベルクのピアノ曲を弾きはじめたときだった。形式や表現を伝統を損なうことなく発展させようとする合理性を否定する後ろ向き、あるいは皮相的態度ではなく、世紀末的時代転換の運動性を前向きに評価、強調する演奏家の意思が20世紀初頭のこのピアノ曲に、実に明快に現れた。一方、内省的なくすんだ音色の北村のシェーンベルクやベルクからは終末的な神秘性がほの見える。バッハのコラール(カンタータ「おお永遠よ、汝恐ろしき言葉」より第5曲「我満ち足れり」)から始めた北村のピアノは、時代にあらがうことなく神に向き合おうとする信徒のごとく、あたかも教会での祈りのように音を繰り出していく。後半のブラームス、武満徹の「愛の歌」(「遮られない休息」より)を経て、ブルックナーの幻想曲(ト長調より第1楽章)の呟くような告白で祈りを閉じた彼のピアノの響きからは、退廃的な世紀末的美学を聴くことはなかった。学生だというこのピアニストに望むことはただひとつ、老成してもらいたくないということ。
 児玉の奏法では、当然のことながら細部のデリケートなニュアンスや繊細なタッチよりは、スピードに乗った輝かしいテクニックの冴えが際立つ。その最良の例がブラームスの変奏曲だった。切れのいいタッチと活きのよさ。彼女は聴く者を惹きつける磁力を持つピアニストだ。(2011年5月17日記)



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