#  343

eX. (エクスドット) 17
ジャチント・シェルシ / 山羊座の歌 (完全版日本初演)〜平山美智子を迎えて
2011年6月3日(金) @杉並区公会堂・小ホール
Reported by 多田雅範

東中野の駅のホームから東中野ポレポレの「劇場版・神聖かまってちゃん ロックンロールは鳴り止まないっ」の垂れ幕を見上げて、荻窪の杉並公会堂に着くのは7時すこしまわるかなと電車を待っていた。

コンサートが終わって10時までやっている吉祥寺のカフェズミへアイスコーヒーを一杯すべり込むとトヨツキ将軍がビールをのんでいた。どんなコンサートなの?ときかれて。

首からドラを下げたばあさんがドラを打ち鳴らしながら、ごぇー、ふー、んぎゃー、と、うたいながら登場してくるんですよ、もう、フォーク・ミュージックの源泉を放っているんですよ、声楽のテクニックが仕込まれているところも理解できるんだけど、年寄りの押し切りでエッジが立つというより伝統芸能のセンかなあ・・・

現代音楽の愛好家からは怒られてしまうような感想だよなあと思いながら話すと、それは面白い、たださんは微分音に耳が行っちゃうよね、あれはフォークですよー、義太夫の、お経のカセットがあって、コルトレーンが、黒海周辺の、と、話題が連鎖拡散して盛り上がってゆく。

作曲家・川島素晴と山根明季子が主宰するシリーズ「eX.(エクスドット)」の17回は、「ジャチント・シェルシ《山羊座の歌》完全版日本初演〜平山美智子を迎えて」で、満員札止めの盛況で開催された。川島さんのツイッターからは予約をいただきましたが断腸の思いでお断りしております、キャンセル、遅れのご連絡はお早めに、と、発信されている。会場に着いて予約者氏名を名乗っていると、うしろにはキャンセル待ちの人だかり。おめかしをしたおばあちゃんたちがたくさん旧交をあたためている。

会場が真っ暗になって。

宮崎駿のアニメ映画『ハウルの動く城』のソフィばあさんが、首からドラを下げて出てきたように見つめたのだし、イタリア未来派の末裔(なのか?ホントに)、不思議な作曲家ジャチント・シェルシとのコラボレーションは、他の歌手では再演不可能とされる、そこに、彼らだけのロマンチックな物語を相対化させるのも可能だけど、そもそも・・・。再演?ふと思うのだ、そもそも音楽は再演されたことなぞなかったことではないのか。

コントラバス奏者、ダブルリードのアルトサックス奏者、ふたりの打楽器奏者、ライブエレクトロニクス奏者、とのデュオ形式のパートも織り込まれている全20曲。1時間半ちかくに及ぶ休憩なしの公演は、またたく間に過ぎた。若い共演者たちもじつに鍛錬された申し分のない出来。ソフィばあさんが、あら、曲の順番を間違えたわ、あなた、ごめんなさいね、と、ステージを歩んで、音楽は放たれてゆく。

山羊座とはシェルシの星座であるだけでなく、生命が地上に生まれた「占星術の山羊座ゾーン」ではないかと川島さんは書いている。地球・人類の誕生と滅亡といった壮大なドラマのイメージ。この音楽が創造されたときに、シェルシと平山が届いていた場所はまさにそういうヴィジョンだったか。

平山によれば、最晩年の3年間のシェルシはお金になる仕事にしか興味を示さず、毎日バレエ学校の女性を多数はべらせ、作曲行為への情熱も薄らいでしまったのだ、と。なかば喧嘩別れ的に疎遠になってゆき協働作業は完遂させられなかったとも。しぇるしー、1905年から1988年、80にもなってそんなことをしていたのかー、わかる、わかりすぎるくらいにわかる。そして、それで山羊座の歌の価値が損なわれることも一切ない。

東京音楽大学(現・東京藝術大学)を出て単身イタリアに渡った平山は、オペラ「蝶々夫人」を100回以上上演するが、その歪んだ日本人像を演じることにストレスを感じ現代音楽へ進む。「シェルシには近づくな、精神病院あがりの貴族が、道楽で作曲のまねごとをしているに過ぎないから」と忠告されていた。フォロ・ロマーノの遺跡群をのぞむ高級住宅街、そこのシェルシが最上階に住む建物でのディナーに招かれた平山は、ディナーを終えて帰るふりをして廊下で朝まで最上階から聴こえるシェルシの即興演奏に耳をすました。二度目には寒さを凌ぐために、ディナーに毛布を持参した。その後、平山のリサイタルを聴いたシェルシが「自分も微分音を用いた作品を作曲している。私が作曲したヴォーカル作品を演奏してみないか」と提案した。その楽譜を見た平山は、なんてつまらない曲なんだろうとの印象を持ったが、最上階から聴こえたシェルシの即興演奏を思い出して、その音楽の可能性を読み取った。1960年、その後25年間に及ぶコラボレーションの始まり。

まるで、映画だ。

子どもの頃、母方のおじいちゃんが、晩ごはんになるとお酒をのみ、朗々と歌を歌っていた、自分で手のひらを丸くこすって拍子をためて叩きながら。おれは微分音がなんで懐かしいかというと、その幼児体験があるからかもしれない。トヨツキ将軍も、子ども頃、毎朝坊さんの読経を聴いていたという。「八木節、あれは革命ですよ」「葬儀っていうのは、最初からお終いまでが音楽なんですよ、ジョン・ケージの前にすでにジョン・ケージなんですよ」「ちょっと、今度お経をがっつり聴きましょうよ」「お経ですよ、お経」「キャニオンのカセットがねー」

夜は更けてゆくのであった。

シェルシは杉並公会堂にいたはずである。

多田雅範

(参考すべき図書)
長木誠司・著『前衛音楽の漂流者たち―もう一つの音楽的近代』(筑摩書房)
  「盗作か、はたまた複数の創作か? ジャチント・シェルシ、あるいは<耳をすます前衛>」

(参考すべきサイト)
彩耳記15(堀内宏公)
http://homepage3.nifty.com/musicircus/saijiki/015.htm
福島恵一「ジャチント・シェルシ/山羊座の歌(完全版) http://miminowakuhazushi.dtiblog.com/blog-entry-107.html





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