#  344

JTアートホール室内楽シリーズ『ギターの室内楽XII〜哀歓の歌曲』
2011年6月9日(月) @東京・JTアートホール アフィニス
Reported by:伏谷佳代(Kayo Fushiya)

■出演
福田進一(ギター)
佐久間由美子(フルート)
林美智子(メゾ・ソプラノ)
望月哲也(テノール)

■プログラム
武満徹:
   『ギターのための12の歌より』
    3つのビートルズ・ソングス
     ヘイ・ジュード
     ヒア・ゼア・アンド・エヴリウェア
     イエスタデイ
   『エア〜フルートのための』
   『SONGS』より
     明日ハ晴レカナ曇りカナ
     昨日の楽しみ
     小さな空
     さようなら
     ○と△の歌
     小さな部屋で
     三月のうた
     MI-YO-TA
<休憩>
野平一郎:演劇的組歌曲『悲歌集』
*演出:田尾下哲
     第1曲 男<悲しいぞ>
       間奏曲
     第2曲 女<得失>
       間奏曲
     第3曲 二重唱<豪雨と雷鳴>
       間奏曲
     第4曲 男<八年の痛み>
     第5曲 二重唱<海風>
       間奏曲
     第6曲 女<想うことはいつも>
     第7曲 二重唱<永劫の・・・>

福田進一が武満徹と野平一郎にフォーカス。JTアートホールが辣腕の演奏家たちを「プランナー」に迎えての室内楽シリーズ、その一環である。JTアートホールはこぢんまりとしており、客席とステージの間にも段差がない。座席も自由な配置が効くようになっている。「観客参加」という使い古された単語を使うまでもないが、この日取り上げられた作曲家に関しては、奇しくも合致するコンセプトであったように思う。

第一部は武満徹。『ギターのための12の歌より』より3曲。ポピュラー中のポピュラーである。当然、誰もが知っているメロディ。「うた」について観客全員がすでにイメージと先入観を持っている場合、「演奏」は何を成しうるか。新たな価値創造というよりは、各々の記憶のなかにすっと入り込んで追憶への伴奏をする。福田進一のふくよかな音(ね)は、とりわけ分散和音となって有名すぎるメロディを肉付けするとき、こちらの心情にぴたりと寄り添い情感の後押しをする。この時点で「聴く」が音楽の上座を密かに占める。ギターの音色に関しては、その透明度の高さがコード進行とともにスライドしてゆく際、透かし見るかのような構築性を醸し出す。音から音へ移動する間の、文字通り1本の弦上を生きる「綱渡り感覚」。儚(はかな)くも強靭で、弛緩しつつも張り詰める弦の味わい。

続いて、佐久間由美子のソロによる『エア〜フルートのための』。A音を基軸としてゆらゆらと音程間を上昇・下降するさまが醍醐味の曲と言えるが、フルートという管を通過して出される音よりも、今まさに吹かんとする瞬間の息の溜めとその破裂、が無調性風の音程にさらなるフォークロア性を加味する(それだからタイトルが「エア」なのだろうが)。各音程間を艶やかな玉のごとく転がってゆく佐久間のフルートだが、1か所だけ音程が上昇する過程が異様に尾を曳いたと感じる箇所があった。微分音には違いないが、もちろん時間的に長く引き延ばされたわけではない。一瞬の知覚の底上げがもたらす圧迫感であろう。感覚がリアリティにディストーションをかけ、その余韻がシミのようにしばらく残存する。「過ぎ去った時間への気がかり」が生まれるのだ。現在と過去の間でこちらの焦点もぶれ続ける仕組みである。聴き手がそのような罠に捉われている間も、フルートはどんどん独走してゆく。楽曲の経過とともに野太さを増し、響きの腰も据わってくる。現実を振りきって、そこだけぽっかりと空いた小宇宙が現出する。

第一部のラストはメゾ・ソプラノの林美智子、テノールの望月哲也を迎えて『SONGS』より8曲。『SONGS』はもともと武満が映画音楽用に作曲したものをピアノ伴奏用(ギターのコード付き)に編み直したもの。編曲は福田進一自身のほか、渡辺香津美や野平多美など多岐にわたる。この『SONGS』では、福田のギターと歌手との「デュオ」構成という純粋に器楽的な味わいと同時に、「メロディ対言葉」或いは「メロディ兼言葉」という表現たるものの至上命題が、実に巧妙に、しかしユーモアを失わずに炙り出されていたといえるだろう。計8曲をテノールとメゾ・ソプラノが2曲ずつ交代でギターとデュオを取る進行。福田のギターはなめらかなアルペジオで拍子感をうまくぶらし、言葉と音とをなじませてゆく。しかしテノールとギターはむやみと融和するのではなく、音の隙間に空気を挟みこむかのような微妙な乖離感を維持。ダブにも似た多層なテクスチュアを生む。「昨日のしみ」では鮮やかなピッキングや指鳴らしも加わり、ギターの技巧的な外向性が増すなか、テノールの音質は歌詞(作詞は谷川俊太郎)の影に隠れる。曲調の明朗さと反比例して、歌詞世界は実は暗いのだが、表面上はメロディラインをしなやかに維持しつつも、個々の単語の意味内容に応じてぶつ切りに声のトーンを変幻させてゆく望月に技を感じた。こうした「言葉への呼応」は4曲目「小さな空」で、林のメゾ・ソプラノにチェンジしてからも続くが、今度は林の晴朗だが霧のような湿り気を帯びた声質が歌詞を圧迫する。歌詞世界を引き立てるのではなく、そこから意味を剥ぎ取るのだ。こうした言葉と音との出し抜き合いが楽しい。歌(音)が歌詞(言葉)を圧迫する部分では、ギターは声と同質の弾力性でドライヴする。ギターの撥弦の鋭角性と、なだらかに広がってゆくテノールの同心円状が歌詞世界を視覚的にも大きくイメージさせる「○と△の歌」、歌詞とメロディの盛り上がりが見事に軌を一にして、情感が言葉の薄皮を破って飛び出る瞬間が聴きどころの「三月のうた」など、メリハリのある展開であった。

第二部は野平一郎の『悲歌集』。2006年に津田ホールの委嘱で作られたものだが、2010年の再演時に演出家・田尾下哲によってステージをドラマ仕立てに再構成して以来、これで5度目の再演となるという。各曲のタイトルから自ずと雰囲気は推察されようが、かなりどぎつい(演じ方次第でかなり「俗っぽく」なり兼ねないあやうさを持つ)表現が散りばめられた歌詞。作詞は林望。表現、というよりはただの感情の吐露のみで仕上がっていると言ってもよい。8年に及ぶ恋愛関係を清算した男女の、互いへの絶ちがたき未練と激情を切々と綴る、というシンプルこの上ない内容であるため、舞台に要する小道具の類も最小限。どこかのバーを思わせるスツール、ソファ、たばこ、ピアノ、傘、レインコート。そんなものである。言語が日本語であることの限界、すなわち音の流れを形成する伸びが少ない、ということを逆手に取り、独唱部分の間にうまく配置されたインテルメッツォ(間奏曲)がやはり大きくモノを言う構成だ。激情の吐露の後には、人は逡巡したり意味を後付けしたりするスペースを要するのも自然の摂理。それがあって初めて、激情部分が客観性を持って(或いは多少脚色された記憶を伴って)、生きたカートゥーンとして動きだすのである。このインテルメッツォ部分を担うのが、ギターとフルートという組み合わせなのも面白い。音量には限界があるだろうが、無調性風の音楽を奏でるときに、体の芯へ訴える熱さと冷酷さの両方、あるいはそれらを同時に効果的に表現できそうなのもまた、これらの楽器である。野平一郎の鋭敏な感性(初めから奏者を想定していたのかもしれない)が光る。例えばギター1本ならば、福田進一のように多彩な音色とテクニックを持つ奏者である場合にはとくに、ジプシー的なスタイルで情熱のたぎりを演出することはいともたやすい。歌唱力抜群の二声と、執着心剥き出しの歌詞が加わった場合はなおさらである。そこにメタリックな管の冷たさが被さることによって初めて、サウンド自体がディスタンスを有するものとなる。これは、恋愛という個人的体験の最たるものを舞台上で共通体験とする、その開示の仕方とも一脈通じよう。人と体験を共有するときの流儀、そのスタイルをぎりぎりのラインで試す、極めて挑発的な作品である(*文中敬称略。6月17日記)。



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