#  346

メトロポリタン・オペラ2011
ヴェルディ『ドン・カルロ』
2011年6月10日 @NHKホール
Reported by :佐伯ふみ Photos by:林喜代種

原作:フリードリヒ・シラーの戯曲
作曲:ジュゼッペ・ヴェルディ

指揮:ファビオ・ルイジ
管弦楽:メトロポリタン歌劇場管弦楽団
演出:ジョン・デクスター 舞台美術:デイヴィッド・レッパ
衣装:レイ・ディフェン 照明:ギル・ウェクスラー
舞台監督:スティーヴン・ピックオーヴァー

【主要キャスト】
エリザベッタ:マリーナ・ポプラフスカヤ
ドン・カルロ:ヨンフン・リー
ロドリーゴ:ディミトリ・ホロストフスキー
エボリ公女:エカテリーナ・グバノヴァ フィリッポ2世:ルネ・パーペ
宗教裁判長:ステファン・コーツァン

東日本大震災と原発事故のあおりを受けて、出演者の大幅な入れ替えを余儀なくされたメトロポリタン・オペラの引っ越し公演。冒頭、MET総裁ピーター・ゲルプが挨拶に立ち、どうしても来日を見合わさざるを得なかった音楽家たちに代わって遺憾の意を表明し、代役として舞台に立つ決意をした出演者たちを、ひとりひとり名前をあげて紹介していた。代役とはいえ主役級の歌手が顔をそろえるMETの層の厚さ、そして新しい才能の出現を日本の聴衆にぜひ見ていただきたい、とのこと。正直に言って、ジェームズ・レヴァインや、《ボエーム》でミミを歌うはずだったネトレプコなど、日本の聴衆にことのほか愛されてきたはずのアーティストが来日しなかったことには失望したが、確かにゲルプ氏の言葉どおり、METの底力を見せつけられる舞台であった。

《ドン・カルロ》公演では、エリザベッタを歌うはずだったバルバラ・フリットリ、ドン・カルロのヨナス・カウフマン、エボリ公女のオルガ・ボロディナが来日せず。この作品は「6人の主役」を揃えなければ成り立たない、上演困難なオペラと言われるが、そのうち半分が公演直前に入れ替わるのは、やはり相当の異常事態であろう。しかし、そこはさすがMETと言うべきか、水準以上の舞台だったのは見事。

代役に立った歌手陣のうち、確かに「新たな才能の出現」を見せてもらったと感じたのは、ドン・カルロのヨンフン・リー。近頃めきめきと頭角を現している有望株とのことだが、確かに、これぞイタリア・オペラのテノールと言いたい美声の持ち主。明るくクリアな声質、分厚い合唱も管弦楽もものともせずに突き抜けて客席に響いてくる声は、聴いているだけで快感。惚れぼれした。ただし、客席近くの舞台前方にいるときと、やや後方にいるときでは、響きにだいぶ差があった。線が細いというわけでもないのだが。ここぞというときには、客席後方まで確実に声を届かせるために、舞台上の立ち位置を慎重に見極めているように見えた。
エボリ公女のエカテリーナ・グバノヴァも、芯のある豊かな声と確かな演技力で存在感を示した。

主役6人に凸凹があったとすれば、残念ながらエリザベッタが少し弱かった。若さ、清純さ、一途な恋心、それと裏腹の諦念と、王妃の品格。それらすべてを体現できる歌手は稀有なのかもしれないが、ポプラフスカヤは声の質、所作、演技ともに、破綻はないのだが、際だって印象づける特色がなかったように思う。終幕の〈世の虚しさを知る神〉では、あわや声が裏返るかといった一瞬があり、ひやりとした。熱演ではあったのだが。

予定通り来日してくれた男声陣3人は、いずれも素晴らしかった。なかでも傑出していたのはロドリーゴのホロストフスキー。もともとこのオペラでは、タイトルロールのドン・カルロよりも見せ場の多い、演技のしがいのある「おいしい」役ではあるのだが、第4幕2場、〈終わりの日は来た〉から、瀕死の息のなかで切々と歌う〈カルロよ聞きたまえ〉までの一連の流れで、迫真の演技と歌唱の力で客席を圧倒した。カーテンコールで最も喝采の多かったのはこのホロストフスキーである。
フィリッポ2世のパーぺは艶のある美声。2幕2場でのロドリーゴとのやりとり、4幕1場の独白〈妻は一度も私を愛したことがない〉から宗教裁判長とのやりとりなど、独裁者の酷薄さと孤独、猜疑心、思うにまかせぬ苛立ちをよく表現して、存在感があった。
宗教裁判長のコーツァンもまた、黒光りのするような素晴らしい声。盲目の老人であるにもかかわらず、独裁者であるはずのスペイン王をもおびえさせる、隠然たる力を持った宗教指導者。その禍々しさをよく体現していた。

ファビオ・ルイジの指揮ぶりをつぶさに見ることができたのは嬉しかった。ドラマの進行をメリハリをきかせて雄弁に表現する音楽、声の美しさをこれでもかと聞かせるアリア。細部に目を行き届かせながら、ヴェルディらしい陽性の、伸びやかな音楽を十分に堪能させてくれた。豪華絢爛たる衣装、舞台装置と合わせて、これぞMETという舞台であった。













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