#  347

東京フィルハーモニー交響楽団/第63回東京オペラシティ定期シリーズ/川瀬賢太郎+前橋汀子
2011年6月30日(木) @東京オペラシティ・コンサートホール
Reported by 伏谷佳代 (Kayo Fushiya) Photos by 林 喜代種 (Kiyotane Hayashi)

東京フィルハーモニー交響楽団
指揮:川瀬賢太郎
ヴァイオリン独奏:前橋汀子

武満徹:3つの映画音楽
チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲ニ長調op.35
J.S. バッハ:無伴奏パルティ―タ第3番『ガヴォット』*
*前橋汀子のアンコール・ソロ
 <休憩>
ショスタコーヴィッチ:交響曲第5番op.47

東京フィルが個性派揃いのマエストロたちを指揮者に迎えておくる定期シリーズ、6月は若き俊英2名。三ツ橋敬子に続いて川瀬賢太郎の登場である。川瀬は師である若杉弘の代役として出演して以来、東フィル定期を振るのは2度目。プログラムも若さに溢れた挑戦的なものである。

誠実さが感じられた武満を振る川瀬の指揮

冒頭は武満の『3つの映画音楽』。第1曲目「訓練と休息の音楽」、高音弦と低音弦の対話が非常にクリアな層を成す。2パートのテンションの在り方は異なっており、とりわけ低音弦の少々ピッチがずれ気味の逼迫感が聴く者の意識をエモーショナルに煽る。プエルトリコ人ボクサー、ホセ・トレーズの体の動きを表現したものだが、確かにリズムと音の一連の連携の具合はスポーティなムーヴメントを連想させる。しかし、「ボクサー」という具象よりも、「緊張状態全体」へと意識を敷衍できるような広範なイメージの醸成を生むのに成功している。川瀬の指揮は、サウンド全体から表層に濾過された部分だけをうまく掬い上げまとめ込むかのよう。低音部の残響の曳きの隅々にまでしっかりと意識を研ぎ澄ましているところにも誠実さが感じられた。第2曲目「葬送の音楽」。声部数の増加に比例して不協和音の響きも増幅する曲調のためか、各部に誠実であろうとする態度が時折裏目に出る。サウンドの高低の分化を差し引いても、音の方向が少々散漫で流れとしてのまとまりに欠けると思わないでもない。終曲「ワルツ」。ワルツというよりはタンゴを連想させる、少々暗いもたつき感。リズムを前面に出すのでなく、あくまでメロディで音空間を埋めてゆこうとする息の長さ。その引っ張り具合と統率力には若さがみなぎる。ただ入念な演出に傾くあまり、言い換えれば音の影の部分を丁寧に拾いすぎるが故に、もっとも単純な音色の照り、すなわち表の部分が霞んでしまった感もあり。

存在感と華やかさが圧倒的な前橋汀子のステージ

さて、本日のハイライトである前橋汀子をソリストに迎えてのチャイコフスキー。鉄壁のレパートリーを誇る前橋にとっても、特別な一曲であることは間違いない。若くして旧ソ連に学び、チャイコフスキーが晩年を過ごしたスイスでシゲティに師事したという前橋汀子。その輝かしいキャリアのなかで、「手に馴染んだ」を通り越して最も「魂に刻み込まれた」コンチェルト。前橋汀子とチャイコフスキー、とは幼馴じみにも似た、切っても切れない関係である。若き指揮者である川瀬の緊張がいかばかりかは想像に難くない。その前橋の演奏を一言で表現するならば、「彼女にしか許されない演奏」であった。完全なる前橋節。細部の正確さ、などは不問となる。緩急は自在、アゴーギクも大胆不敵、ピッチも安定しているとは言い難い箇所が散見される。音に艶やなめらかさを求めたい人には受け入れがたいものではあろう。しかし、その乾いたひりつき感が生む野太い迫力はさすがのもので、鬼気迫る、という表現がしっくりと来る。オーケストラをバックにしながらも、浸食し難い「前橋汀子ワールド」が打ち立てられるため、どのように折り合いをつけて音楽を推進してゆくかに指揮者の力量が掛ってくるわけであるが、少々残念なことにヴァイオリンが大きくフィーチャーされる箇所になると、流れの滞りが目立つ。否、もともと川瀬は前橋の演奏を大きくくりぬいて表出することを想定していたのかもしれず、最大限にゆったりとヴァイオリンを歌わせたあとのオーケストラの部分は非常にアップテンポである。そのコントラストづけによって躍動感を出すのに成功した箇所もあるが、やはりソロ・パートとオーケストラ・パートのどちらかにフォーカスが偏ってしまうと感じられた。例えば、この曲の印象如何を大きく左右する第1楽章のイントロ。この弦楽パートでいかに澄み切った音の筒を作り上げることができるかでイメージ喚起力の奥行が違ってくる。この日の東フィルのイントロは、響きが少々直線的で遠近感がもう少し欲しい気がした。前橋のヴァイオリンが、その迸るようなエネルギーを流れるように出し切ったのは緩徐楽章だが、オーケストラも含めた全体の響きとして捉えたとき多少分離している。先にも述べたが、弦と管の音の方向に均衡が欲しい。緩徐楽章からフィナーレへ休みなく突入するときの、弱から強への爆発が期待される場面では、指揮が音を丁寧に引っ張りすぎたためか起爆感がいま一歩。ヴァイオリンはフィナーレにおいてダイナミックで貫録溢れる演奏を繰り広げたが、そのダイナミズムのバネは急激な弛緩と力みを激しく交錯させることによって生み出されるもの。ピンと張っていた糸が急激に萎え萎む感じである。中間がない。もう少々、しなやかなバネの弾みそのもの・その過程を味わいたいと思った人もいたのではないか。それにしても、前橋汀子のステージでの存在感と華やかさは圧倒的である。演奏途上で多少違和感を抱いたにしても、最後にはブラボーを叫びたくなるような説得力をパフォーマンス自体が持っているのはやはり得難い。

今後の熟成が興味津々の川瀬賢太郎

川瀬賢太郎の個性を味わえた最も良いショーケースが、後半のショスタコーヴィッチであろう。第1楽章は縦に音を切ってゆく運行がパートごとの音の房を断面として際立たせた一方で、楽器によってはその音の不揃いなところまで露呈してしまった感は否めないが、指揮者の情熱や勢いがストレートに爆発する瞬間が多々あり、こちらも笑みがこぼれる。第1楽章では楽曲全体へのパースペクティヴを考慮してか控えめな印象。独奏ピアノの音色にももう少々地割れを隈取りするようなグロテスクさが欲しい。コーダの部分でのフルートとホルンの掛け合いでは、静謐な雰囲気は出ていたが、欲をいえば追い詰められた諦念の雰囲気が加味されたい。この生真面目さは第2楽章にも引き継がれ、曲の奥に潜む、当時の社会体制が影を落としたところの陰険さ、その裏返しとしての過剰な跳躍をほのめかすほどではないにしても、転調の機微は綿密に表現されていた。第3楽章のラルゴでは高音弦が醸し出す張りつめた臨界感覚がなかなかに秀逸。こうした抒情的な曲想において、様々な音の束をひとつの極点に向けて持っていくときに川瀬の音楽性は遺憾なく発揮されるとみえる。白眉はフィナーレで、ここでは前楽章でドスが効いていないと感じたパーカッションが不気味にその音色を轟かせ、やはり前楽章で外されていた金管楽器が暴風雨のように吹き散らされる様はスタミナ満点である。低音弦や木管を粘着質なうねりとして幾度も異なった趣で蘇生させるあたりも見事。手綱の引き締め方にも大局観がある。ただ、こうした時折現れる老練ともいえるセンスと、若さに任せきった誠実すぎるアプローチの部分との落差が激しいような気がした(またそれが川瀬賢太郎の魅力でもあるわけだが)。しかし、プログラム・ノートにある川瀬の生年月日を見て空恐ろしい気分にもなる。今後一体どのような熟成をとげてゆくのだろうか(*文中敬称略。7月4日記)。









WEB shoppingJT jungle tomato

FIVE by FIVE 注目の新譜


NEW1.31 '16

追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley

FIVE by FIVE
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


COLUMN
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi

#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻


音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美

カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子

及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)

オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)

INTERVIEW
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義

CONCERT/LIVE REPORT
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄


Copyright (C) 2004-2015 JAZZTOKYO.
ALL RIGHTS RESERVED.