#  348

東京フィルハーモニー交響楽団/第805回サントリー定期シリーズ|大植英次+小曽根 真
2011年7月5日(水) @東京・サントリーホール
Reported by 伏谷佳代 (Kayo Fushiya) Photos by 林 喜代種 (Kiyotane Hayashi)

東京フィルハーモニー交響楽団
指揮:大植英次 (Eiji Oue)
ピアノ:小曽根 真 (Makoto Ozone)

小倉朗:管弦楽のための舞踊組曲
モーツァルト:ピアノ協奏曲 第27番変ロ長調K.595
*ビル・エヴァンス:ワルツ・フォー・デビィ(小曽根 真ソロによるアンコール)
 <休憩>
ブラームス:交響曲第1番ハ短調op.68

想像力に満ち溢れた指揮者である。オーケストラの縦横無尽なうねりの隙間に風を通す、「音払い」の良い楽曲の推進。指揮者自身の身体の動きが、硬直から解放へ向かうそのプロセスと軌を一にするように、振動がゆるやかに拡散してゆくサウンドスケープ。大植英次の指揮には、そのヴィジュアルを突破口に、背後に無限に広がる音世界を透視する楽しさがある。

小倉朗の『管弦楽のための舞踊組曲』で幕開け。1953年に舞踊家・藤枝初美の依頼で着手されたものだけあって、不規則なリズムの畳み掛けがストレートに押し寄せる。小倉が日本的情緒へ傾倒するきっかけになった曲だというが、メランコリーに流れるのではなく、もっと祝祭的な高揚感が一貫して漲っている。パフォーマンス性豊かな大植の指揮を堪能するのにも合致した選曲。過度に東洋性を強調するのではない、公平な視点での解釈が海外でのキャリアの長さを逆に物語る。現代曲らしく管楽器とパーカッションを多用しており、弦楽パートもクラッピングしたり弓でフレットを叩いたりする鋭角的なアプローチが目立つ。アップテンポの楽章が多いためもあるが、前へ前へと推し進めるうねりと躍動がフォーカスされる。そのため細部の粗さ(第1楽章の金管など)はさほど目立たない。弦楽パートも統制された響きを醸し出していたが、欲を言えば舞踊という際(きわ)の感覚、緊迫感を出すためのもっと金属的な音色の透徹や酷薄さ、その次元での統一が欲しいような気もした。

尋常ならざる小曽根の才気の気配

続いてモーツァルト晩年の作品であるピアノ・コンチェルト。第1楽章と第3楽章にカデンツァが盛り込まれている。もちろんモーツァルト自身によるカデンツァも残されてはいるが、ソリストに小曽根 真を迎えて、それをピアニスト本人に委ねない手はあるまい。果たして、モーツァルトの軽やかな玉の連なりそのままの延長線上から派生したような、地の部分からの継ぎ目を全く意識させないカデンツァ。その気がなくともどうしてもこぼれ出てしまう、尋常ならざる才気の気配。それらをさらっとニュアンスで感知させる小曽根の天賦の才に唸る。

この日の小曽根はクラシックのコンサートらしくタキシードで登場。しかし、普段からのきさくなステージマナーは健在で、大植のキャラクターとも相俟って(ふたりとも関西人であることも大きいか)、ステージにカジュアルな和やかさが生まれる。洒脱な軽妙さを演出するのにちょうどよい小編成、大植の指揮も各楽器のソノリティの合間から粘着質を引き出すしなやかな身体の動き。冒頭は、小曽根自身がイメージする「モーツァルトの音」に向けてまい進してゆく意図が感じられたが、やはり音の粒の輪郭が目立つジャズ・ピアニストらしい打鍵。ペダルも踏みっぱなしにしてドローンのように用いる。この曲の、というかモーツァルトのピアノ曲全体の醍醐味といえるのは単音のパッセージの美しさにあるが、この辺りの音の入りと弾ませ方においてはさすがに巧い。ただし、時たま音が空洞化(輪郭ははっきりしているが)していると感じる瞬間もなきにしもあらずだが。第1楽章のカデンツァ。小曽根のピアノに顕著な、高音部の音色の華やかさが際立つ闊達な右手のパッセージを多用。地の部分に流麗に溶かし込まれる装飾音、それらと歯車のように噛む堅牢な左手のコード進行。たっぷりと3〜4分にわたるソロ・インプロ。緩徐楽章ではだいぶ響きの腰も座り、諦念や郷愁を感じさせながらも崇高な音色を編みだす。透明感もある音色で、オーケストラの生みだす陰影と好対照。ここではヴァイオリンのラインの美しさが際立つ。とりわけチェロとピアノ、続いてコンマスのヴァイオリンとピアノが絡むところでは、小曽根の一音一音クリアに穿たれた単音の玉の洪水と、弦楽器の音のラインの持続が螺旋状に絡まり合う。特に音量が小さいときなど、ピアノはソロとして君臨するというより、サウンド全体を遠近法で捉えたときの「遠」の部分へ自然体で移行できるところも、ジャズマンならではのセンスか。フィナーレではピアノとオケの掛け合いは融和の度合いを増し、木漏れ日がふりそそぐかのような光の明滅を生む。ここでのカデンツァでも、テンポの緩急をバネにした躍動感溢れるパッセージを聴かせる。かなり垂直的な高度のある打鍵での、鋼のような推進力。音色はあくまで古典的な趣を保ってはいるが、尋常ならざるリズム感覚で余白や無音の部分にも脈々とムーヴメントを貫く。オクターヴ打鍵も華やかに溶け込ませたジャジーな一幕である。アヴァンギャルドな演出ではなく、あくまで形式の淵すれすれのところに留まりつつ「こぼれ出る」雰囲気が洒脱。モーツァルトと小曽根は馴染みが良い。作曲家と演奏者の間のシンパシーの強さが自然と流れでるものであったといえる。2010年度のショパン・イヤーに行った”Road to Chopin”も聴いたが、小曽根はショパンよりはるかにモーツァルトと相性が良いと感じる。

すべてを肉体のパフォーマンスひとつに請う大植の指揮

後半。雄大な響きの重なり、その細部と全体の因果応報のタペストリーを織り上げたブラームスの交響曲第1番。細部の緻密さは、弦楽器が引くなめらかな線描と、パーカッションが刻む点描との縺れあいのなかで共振しつつスライドしてゆく。時に不可避的に生じてしまう雑然としたもたつきに「風入れ」する大植の切り込みの良さ。拍子の裏への徹底した空間感覚。拍の裏こそ、余韻を落とし込み、次なるグルーヴへの手綱を締める要所である。その「支配」如何が全体の収束力に大きく影響する。演劇を見るかのようなドラマティックなメリハリづけが冒頭より印象的。第2楽章・アンダンテでは、高音弦が奏でる弱音が周囲より寄せては飛翔するさまと、それと逆方向を行く低音弦の重力にあらがえない下降の動きとが拡張のスパンをぎりぎりまで張り巡らせる。コンマスのヴァイオリン・ソロは細いが豊かな残照を隅々まで失わない晴れやかなもの。第3楽章・アレグレットでは、これまで低音と高音の表層に向きがちだった聴き手の意識が、泡立ち感のあるチェロのピッチカートによりサウンドの中間層へと向けられる。さながら内部の懊悩の部分か。音色の芯を残しつつも、表面に霧を吹きつけたような気だるく冷たい微温を一貫して保ち続けた管パートが秀演。そして、あの感動的なメロディを主部に控えた第4楽章。第1楽章同様、低音パートを活かした序奏の部分では音量はかなり抑え、ひたひたとした凄みを演出する趣向であったようだ。ブラームスがクララ・シューマンへの思いのたけを込めたという感動的な第2主題では、細部の統制云々よりも、エネルギーの熱さを焚き付ける追い上げのある指揮。パートによってはラフで無防備な音が立ち現れても、それらすべてを受け止めるような、先導型ではなく少々「回収型」の、威厳とダンディズムに溢れた大植の姿が心に残る。観点の中心ではないかもしれないが、暗譜で通す指揮者に久々に触れた。すべてを肉体のパフォーマンスひとつに請う、派手なアクションの指揮ぶりに、スケールの大きな潔さと人間臭さを見る。考えてみれば、それこそが音楽というドラマではないか。そんな余韻を残した一夜であった(*文中敬称略。7月9日記)。

※関連リンク
http://www.jazztokyo.com/live_report/report288.html









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