#  349

三浦文彰ヴァイオリン・リサイタル
2011年7月8日 @東京オペラシティ・コンサートホール
Reported by 佐伯ふみ Photo:(C)M.Hikita

ヴァイオリニン:三浦文彰
ピアノ:イタマール・ゴラン

モーツァルト:ヴァイオリニン・ソナタ B-Dur K.378
ベートーヴェン:ヴァイオリニン・ソナタ 第10番 G-Dur Op.96
ストラヴィンスキー:ディヴェルティメント
プロコフィエフ:ヴァイオリニン・ソナタ 第2番 D-Dur Op.94bis

若い音楽家を育てていこうという確固とした姿勢が感じられる好企画

2009年のハノーファー国際ヴァイオリン・コンクールで優勝、しかも史上最年少の16歳で、という若きヴァイオリニストのデビュー・リサイタルである。東京オペラシティの大ホール。この経済不況のなかで、このキャパの聴衆を集めるのは、いかに話題の有望株といえども大変であろう。主催の(株)AMATIは、「プロジェクト3×3」(3都市で3年連続、期待の新人を紹介していく)というシリーズ企画を立ち上げ、このリサイタルもその一環として組み込んで、興味深い競演を演出した。演奏者は同じプログラムで、名古屋の三井住友海上しらかわホール、大阪のザ・シンフォニーホール、そして東京のオペラシティをまわる。1回きりの演奏会でないことは、奏者にとっても多くのことを学べる貴重な機会ともなる。企画の工夫として、たいへん面白いと思う。

さてこのリサイタル、三浦のデビュー公演ではあるのだが、強力なバックアップとしてピアノにイタマール・ゴランを迎えたことで、通常のデビュー・リサイタルとは異なった様相を呈した。
ゴランはレーピン、ヴェンゲーロフ、ギトリスなど、超一流の個性派ヴァイオリニストとの共演を重ねてきたベテランである。すでに大御所の風格さえ漂わせるそのベテラン・ピアニストが、まだ10代、これがデビューのヴァイオリニストに対して、挑発するがごとく、鼓舞するがごとく、まったく遠慮会釈なしの自由闊達、アグレッシヴな演奏を繰り広げた。三浦もそれに対し精一杯の応答をするのだが、時に、大人と子どもほどの音楽的な成熟度の違い、舞台での演奏経験の多寡からくる風格の違いを見せつける結果となった。

特に冒頭のモーツァルトは、もともと「ヴァイオリンのオブリガートつきピアノ・ソナタ」のような音楽である。のっけからピアノの独壇場。特に第2楽章など、自由自在にテンポをゆらし独特の間をとるゴランの演奏は、少々アクが強すぎるほどの個性的なもの。三浦はそれに合わせて、シンプルなフレーズを受け身で乗せてゆくのみ。「このようなベテラン・ピアニストを得てなんと幸運なデビューだろう」と思って聴き始めたのが、しだいに、これは一体、ソリストもピアニストもどういうつもりでこの舞台に臨んでいるのか、と、一瞬、わからなくなった。ソリストよりもピアニストの存在感ばかり大きく見えるようでは、デビュー演奏会としては逆効果ではないか、と。

しかし、ベートーヴェン、そして後半のストラヴィンスキー、プロコフィエフと聴き進むうちに、その疑問はある程度、解けたように思う。
後半の近現代作品が、三浦自身がおそらく最も好きな、本領発揮の領域なのだろう。ストラヴィンスキーの作品などは特に新鮮で興趣に富む演奏で、第2曲のDanses Suisses あたりからようやく、前半とは一転して、三浦のヴァイオリンが音楽の主導権を握り、伸び伸びと自分の歌をうたいだした。特に第3曲の Scherzo、第4曲の終曲 Presto は見事な出来映え。聴き応えのある作品であり、演奏であった。
最後の大曲プロコフィエフは、三浦にとってすでに自家薬籠中の音楽とも聞こえ、鋭く、華も覇気もある、素晴らしい演奏。ピアノのゴランは完全にヴァイオリニストのサポートにまわった。第4楽章の終盤、最後の見せ場とばかりゴランが思い切りアグレッシヴにソロ部分を弾いたのが印象的だった。

前半のモーツァルトとベートーヴェンの演奏で、惜しいと思ったことが1つ。リズムや音型がシンプルで起伏のないフレーズになると、とたんに三浦の音楽は、推進力や躍動感を失ってしまう。1つ1つの音を美しく響かせることに注意がいってしまうのか、音楽がどこに向かって進むのかが不明瞭になり、ドライヴ感が失われて、流れが停滞してしまうのだ。その傾向はアンコールの《シチリアーナ》にも明瞭に表れていた。どんなに静謐な、動きがないと感じられる箇所でも、人間の心臓の鼓動と同じく、音楽の脈動もやまないはずなのに。
三浦本人がそれを自覚しているかどうかはわからないが、少なくともゴランは明確に気づいていたと思う。デビュー・リサイタルともなれば、奏者の好きな近現代作品だけを並べるわけにいかず、基本的な古典ものははずせない。それをカバーする意味か、あるいは三浦のためのレッスンでもあるのか(本番の舞台が奏者にとって最良の学びの場とも言われるが)、ゴランが敢えて主導権を握り、音楽とはこういうものだと若い共演者に見せつけるとともに、聴衆にとっては「聞かせる」音楽を演出した、のかもしれない。もしこのプログラムで、ピアニストがソロの引き立て役に徹するタイプの音楽家だったら、前半はおそらく退屈な時間となった(少なくとも筆者にとっては)と思う。

総じてこのデビュー・コンサートは、3都市での公演というありかた、バックアップのピアニストの選択など、さまざまな面で、企画者の側に、若い音楽家を育てていこうという確固とした姿勢が感じられ、とても好感をもった。
若い三浦は、これからどのような成長を遂げていくのだろうか? おそらくその道程で、パートナーのゴランが与える影響は小さくないに違いない。この一夜に集った多くの聴衆とともに、今後の三浦の成長を応援しつつ見守っていきたいと思った。







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