#  351

東京ニューシティ管弦楽団第76回定期演奏会『怒涛のロシア音楽』
2011年7月15日 @上野・東京文化会館大ホール
Reported by; 伏谷佳代(Kayo Fushiya) Photos by; 林喜代種(Kiyotane Hayashi)

指揮:べテル・フェラネッツ(Peter Feranec)
ピアノ:小山実稚恵(Michie Koyama)
東京ニューシティ管弦楽団 
*コンサート・マスター:浜野考史(Takashi Hamano)

≪プログラム≫
グリンカ:歌劇『ルスランとリュドミラ』序曲
チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番変ロ短調op.23
<休憩>
ショスタコーヴィチ:交響曲第11番ト短調op.103

経験値と柔軟性

東京ニューシティ・オーケストラ。楽団名が示すとおり1990年設立の新しいオーケストラである。定期演奏会は「いつもなにかがあたらしい」をキャッチフレーズに、作曲家が生きていた当時の世相や音楽の潮流を感じさせるプログラム、最新の音楽的な研究成果を反映させるプログラム展開を行っている。また、近年ではジャンルの越境にも意識的で、スティングなどとも共演しているという。なるほど、そうしたオーケストラとしての歴史の浅さを逆手に取った柔軟性は、冒頭のグリンカでたちどころに感知された。パートによっては多少不揃いな箇所も時折見られたが、フェラネッツ(※当初は客演指揮者のアンドレイ・アニハーノフが予定されていたがフェラネッツに変更)の跳ね上げのある指揮によく統率された、メリハリある音の弾丸が心地よい。とくに高音弦の、こなれた感じの流れの良さに他ジャンルを積極的にこなしている者だけが持つ、型のなかをぎりぎりまで遊戯する自在さが感じられた。欲をいえば、後半のコントラバス、滑らかさの他にもっと重心から来る跳躍感があれば、と思わないでもなかったが。


自然な呼吸法が板についた貫録-----小山のチャイコフスキー

さて、ハイライトとも言える小山実稚恵のチャイコフスキー。小山は1985年のショパン・コンクール入賞で一躍スターとなったが、1982年のチャイコフスキー・コンクールではピアノ部門邦人初の第3位。コンチェルトだけでも60曲を超えるというレパートリーのなかでも、ショパンと並んで演奏機会の多かった曲ではないか。小山によるロシア物の秀逸さは、筆者も小学生のときにラフマニノフの2番を聴いて以来印象に残っている。そのステージの印象は20年を経ても驚くほど変わらない。暖かでやわらか。ステージ上の人にありがちな近寄り難い気高さは微塵も感じられない。実際、その人柄そのままの自然に迸る音楽は、この日、音が鳴り出す前から確信できるものだった。金管に導かれるあの有名なオープニング、オーケストラがメロディを雄大に奏するなかをかき分けるように帆走するピアノの和音進行。鍵盤に両腕を導く際の筋肉の準備-----そのゆったりとして自然な筋肉の動きは、自動書記的とさえ言えるほど呼吸とぴったりで、来たるべき音の充実を予言しているかのようだ。果たして音が鳴らされるや、その堂々たる腰の据わりとエレガンスは楽曲を通して貫かれるものだった。壮麗な和音が魅力のピアノ・パートであるが、音質は肉厚、とりわけ際(きわ)のキメ音の煌めきは、オーケストラのなかにあっても燦然と降り注ぐ。また、単音が跳躍するところでも、見事にスナップの効いた指捌きで音楽全体を煽動してゆく。小山実稚恵のピアニズムの魅力は、骨の髄まで染み込んだ超絶技巧が自然でクリアな音色美と絶えず直結しているところで、それがキャリアとともに熟成し、さらなる自律力を増している。相当な音程の距離を跨ぐ複雑な和音でも単音でも「音質」は常に一定しており、どんなに優秀な録音機材を用いても達成できないようなムラのなさが実現される。自然で伸びやかな音楽性が、さらに息の長いものと感じられる所以である。素の音色が十分に伸びやかで美しいので、ペダルの使用も少なめ。第1楽章クライマックスでのオーケスラとの呼吸の合わせ方にも寸分の狂いもない。ただ、小山の年季の入った弾き込みと比べて、とくに中間部における管楽器にはもう少し神秘的なひそやかさが欲しいとも思ったし、低音弦には音色が美しいだけに今一歩突っ込んだ音の層分けが望まれる。しかし、緩徐楽章において低音弦も含めた弦全体はかなり筋が良く、ごわついたなかにも溢れかえらんばかりのパッションが匂い立つ、スラヴ特有の抒情性が息づくのが感じ取られた。とりわけ弦のピッチカートと、フルートの音の伸びは絡みが良い。中間部のスケルツォにおけるピアノの長いソロでは、かなりハープ的な弾(はじ)きの、なめらかな分散和音。ひと粒ひと粒の音が跳躍しては束ねられていく押し出しと引き際の良さ。このあたりから実質上小山がオーケストラを統率している雰囲気が濃厚になってくるが、最終楽章に至って、ピアノの音質の変化がサウンド全体の流れをぐいと引き締めるさまは見事。ピアノの音色は一層濃度と輝きを増し、1拍目の掴みも強烈な民謡風のワルツを悠々と奏でる。指揮者のフェラネッツは主導権を小山へ握らせながら、その内で細かなパートごとの流れをクリアにしてゆく、非常に繊細な振りを見せていた。


意気込みで押し切ったショスタコーヴィチ「1905年」

ご存じロシア革命の発端となった1905年の「血の日曜日事件」を描いた長大なる表題交響曲である。各楽章には明確にタイトルが付けられ、観客は音をより視覚的にイメージしやすくなっているが、こういった歴史と密接に結び付いた曲を演奏する場合、単なる曲の技術的/構造的複雑さの精巧なる具現を上回る何か、を国内のオーケストラに求めるのは厳しいのが常である。完璧な音の消化以上の、ニュアンスや臨場感、DNAによる何か。わかりやすく言えば民族の血肉の表出。ロシアの楽団以外には迫真の演奏がされにくい、と言われているのも頷ける。しかしながら、東京ニューシティ管弦楽団は持ち前の柔軟性で大胆にこの大曲に挑み、指揮者のフェラネッツも勢いを失わせないパワフルな捌きを見せた。第1楽章「宮殿前広場」、凍てついた真冬の不穏な静けさを表す冒頭部分は楽曲全体を貫く非常に重要なモチーフだが、琴線の張った澄み切った弦の入りが素晴らしい。等間隔に張られた音程も綺麗なラインとして浮かび上がる。ティンパニの3連符によるモチーフの変遷や、トランペットのソロでも、各奏者がそれぞれ深く楽曲に共感しているさまが感じ取れる。ペーソスに溢れている。ともすれば単調となり楽曲全体を凡庸なものへ陥れかねないティンパニの3連符だが、奏者の高い音楽性とナラティヴィティによって終始音楽が瑞々しいものとして保たれていたのがまず特筆に値する。ティンパニだけでなく、総じてパーカッション全体のセンスが良い。弦楽器のピッチカートの音の隙間を巧妙に埋めてゆくバスドラや、容赦なく打ち鳴らされる大仰なドラ(奏者は女性!)も迫真。弦も統一感を増し、それぞれのパーツでの色分けと整合が効いてくる。それぞれの特徴を良く活かした楽器間の対話は、音量が小さくてもイメージ喚起力がある。第2楽章「1月9日」においても、ティンパニと金管による折り重なる主題が派手な打ち上げられた後に訪れる、身の毛もよだつ超静寂(第1楽章の「宮廷モチーフ」の再現であるわけだが)------そのコントラストと連結の妙、圧力のギアチェンジには聴かせるものがあった。第3楽章「永遠の記憶」、ヴィオラとヴァイオリンの抑えた音量によるひたひたとしたメロディも美しいが、ここでは低音弦のピッチカートが創り出す孤の点描が印象的。フェラネッツの指揮は音の波を上部へと掬い上げては蒸気のように散らしてゆく、円錐型の立体性を見せる。第4楽章「警鐘」。いままでの全モチーフ総出のような構成だが、音楽の盛り上がりとフェラネッツの垂直性のある指揮が呼応するときに生まれる高揚感。曲想としては強靭ながらも悲壮感から逃れ得ないものではあるのだが、ここまで長大な曲になるとフィナーレで叩き出される音はある種の痛快さを帯びてくる。奏者たちのエキサイトぶりがストレートに伝わる。悲痛な曲に満ち満ちる音楽することの歓び。相反するようであるが分かち難い、音楽の性分であろう(*文中敬称略。7月24日記)。









WEB shoppingJT jungle tomato

FIVE by FIVE 注目の新譜


NEW1.31 '16

追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley

FIVE by FIVE
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


COLUMN
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi

#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻


音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美

カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子

及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)

オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)

INTERVIEW
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義

CONCERT/LIVE REPORT
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄


Copyright (C) 2004-2015 JAZZTOKYO.
ALL RIGHTS RESERVED.