#  352

曽根麻矢子『クープラン&ラモー/クラヴサン作品全曲演奏シリーズ』第3回
〜雅やかな宴:ヴァトーの絵画世界-----<雅><ブローニュの人>
2011年7月24日(日) @東京・上野学園エオリアン・ホール
Reported by; 伏谷佳代(Kayo Fushiya) Photos by; 林喜代種(Kiyotane Hayashi)

出演:
大野芳材(青山学院女子短期大学芸術学科教授)*プレ・トーク
曽根麻矢子(チェンバロ演奏)
使用楽器:David Rey1970(Nicolas Dumont 1707に準じる)
調律法:D’Alembert-Rousseau ピッチ:a’=415Hz

プログラム:
クープラン『クラヴサン曲集第2巻』より「第12オルドル」ホ長調/ホ短調全8曲
ラモー『クラヴサン曲集』より「アルマンド〜クラント〜ロンドによるジグ」ホ短調
<休憩>
クープラン『クラヴサン曲集第1巻』より「第1オルドル」ト短調/ト長調
全18曲
*アンコール
ダングルベール「アティスの心地よい夢」

クラヴサン-----チェンバロのフランス語での呼称である。古楽について現代から想いを巡らすとき、その時代の情景のひとコマとして当てはめる傾向を持っている人は多いのではないかと思う。華やかなりし宮廷文化、人々の語らい、鮮やかな色彩の空想と現実の入り乱れた絵画世界、etc…。ある時代へイメージを膨らますときに、BGM的にこれほど馴染みよく立ち昇る音色も少ないのではないか。想像の伴奏。なるほど、「通奏低音」という語もしっくりと来るわけである。早くも高校生でチェンバロの魅力に取り憑かれ、通奏低音奏者としてのキャリアを若くしてスタートさせた曽根麻矢子は、今や国際的に押しも押されぬ存在のアーティストであることは言うまでもない。そうした超一流の奏者の演奏を、まさしくサロンで味わうような至近距離で、かつ視覚的にもこの上なく美しいデザインのチェンバロで堪能できることは文字通り「雅(みやび)な体験」である。


「大らかなジャンル交錯の時代」への追想

さて、この「雅」がひとつのキーワードである。全12回のシリーズの第3回目である今回の副題「雅やかな宴」は、「雅宴画」の代表格ともいえる17世紀の画家ジャン・アントワーヌ・ワットー(Jean Antoine Watteau)に関連づけられる。冒頭の30分はフランス近世絵画の研究で著名な大野芳材氏による絵画世界と音楽との関わりについてのプレ・トーク。ワットーの「シテール島への脱出」などを題材に、そこに落とし込まれている時代の気分への興味深い洞察が触れられた。ワットー、クープラン、ラモーが生きた時代はフランスでは芸術の庇護者として名高い”太陽王”ことルイ14世の治下と一部被る。雅やかな宴-----フランス語の”Fete galante”(フェット・ギャラント)という語を分解すれば、”Fete”とは婚礼や洗礼、舞踊などの集いを指し、”galant(e)”は優雅、上品といった意味のほか、”主に女性へ対しての親切”といった語義もあるという。ワットーの絵画世界には「男女の親密な心の通い合いの場」が盛んに登場し、そのインスピレーションの源は、彼が生きたところの上流階級の生活という「現実世界」、縁日などのイタリア系のテント芝居によって発展した「身ぶりやしぐさ」の潜在力、そして「音楽(男女が和やかに語らいながら楽器を弾くシーンが頻出)」にあるという。確かに「しぐさ」というものはワットーの絵画のみならず、今も昔も人々の気分や感情を推し量る非常に雄弁な物差しである。チェンバロという時代の産物を「しぐさ」のひとつとして理解すると言っては語弊があろうが、時代の気分を覗きみるルーペとして、この日は捉えることにした。


緻密な手触りによる感情漂流-----クープラン〜ラモー

まずはクープランの『クラヴサン曲集第2巻』より「第12オルドル」全8曲から(※オルドルとは、いくつかの小曲が集まって組曲を成す単位)。筆者は楽器の構造的なことまでは理解が及ばないが、各曲に接しての率直なファースト・インプレッションを述べさせていただく。第1曲「双生児」、意外に曳きや残響の少ない硬派な音色である。転調の変化(E→E♭→E)は音色の妙というより、的確なリズムの律動によって仄めかされる。入念なシンコペーションなど作品の骨組みが実にすっきりと露わになる。第2曲「親密:クラント楽章」、装飾音の躍動が美しい。空気をかするような音に変色。左手のベースラインでの飄々とした進行にユーモアと卓越したリズム感を感じる。第3曲「雅」、和音は整合性を持ちながらも、音の内部のゆらぎがエモーショナルで、その連続が何とも言えぬ表情を生む。第4曲「コリュバス」、装飾音と地の部分との緩急の付け方、とりわけ単音を引っ張り伸ばすところで一瞬時空が停止する。無という漂白された空間こそ聴き手の想像力が飛翔する場である。ピアノと違って音に重力を持たせにくいが故の、アゴーギクの豊かさ。第5曲「ヴォーヴレ」では幾分螺鈿(らでん)のような鈍い割れ感を伴った音色へ変化し、楽器のソノリティそのものの魅力が前面に出る。第6曲「糸紡ぎ」、同型のモチーフの効果的な反復で聴き手を惹き込む。運動性が少ない分、こちらの意識も飛躍するというよりは奥へ奥へと凝固してゆく感あり。意識の外側で音楽が旋回している不思議な遠近法が生まれる。第7曲「ブロネ地方の女」と終曲の「アタランテ」はうまく対になった演奏。前者のメランコリックな余韻から一転しての後者の華やかな音の綾。見事な追い上げと音の交錯、入り乱れる拍子感のなか上昇してゆく音色の照りは、雲上からの残照のような高みで落ち着きを見る。この時代のテンペラメントを垣間見る思いがする。

ルバートたっぷりに”乗り切らなさ”という人間独自の感情を表現した「アルマンド」〜壮麗な分散和音の房から勢いよく弾け飛ぶ音の粒が痛快な「クラント」〜ふたつのロンドの弾き分け、とりわけ”流れること”への連綿たる意志に貫かれたクープレの拡大が場の空気を圧した「ロンドによるジグ」、というまとまりのよい構成力を見せたラモー。その起伏に、調性がホ短調で統一されていることが信じ難くなる。


調性に頼らぬ彩色〜音は独立する

休憩を挟んだ後半は、クープランへ戻り『クラヴサン曲集第1巻』の「第1オルドル」全18曲連続演奏。プログラムによれば、作曲者自身も全曲が連続して奏されることは想定していなかったというが、現代においてこれを全曲聴くことができる機会はさらに稀有であろう。連続演奏を想定して書かれていない、ということは、換言「まとまりに欠ける構成」でもあるわけだが、さすが曽根麻矢子、片時も倦むことなく見事なストーリィを織り上げた。随所で見られる掴みの良い華やかな装飾音はもちろんだが、印象に残ったのは低音部における、”一音”の持つ跳ね上げの底力である。例えば第6曲「英国の貴婦人のジグ」における、低音の付点リズムの反復、第7曲「メヌエット」でのマルカート的な3連符の連続の歩みは、確かな質感と鼓動でもって聴き手の体内へ入り込んで来る。白眉は第8曲「森の精」で、曲名が連想させるのとは裏腹に、低音を効かせてしっかりと弾き込まれる。音の密度が濃く、色で例えれば湖水の底の深いブルー。フィナーレのアルペジオの部分では、緑の藻が絡みつくような不穏な柔らかさを現出していた。こうした彩色とニュアンスの妙は、決して楽器固有の音色や調律法だけによるものではあるまい。続く「蜜蜂」で高音からのパッセージが赤みを帯びた暖かさで舞い降りてきたときに、その不思議さに打たれる。音程が安定しにくい楽器の限界を寸でのところで掬い上げ、豊かな音間やスライドに極めて自然に活かす反射神経だろうか。要所でリズミカルな早業で執り行われるカプラーの切り替え(※上下鍵盤の連結)も、それがもたらす音色の劇的な転換効果はもとより、”切り替え行為自体”が楽曲の呼吸の一部として自然に組み込まれているのも好印象。豊富なイメージ喚起力ながら、けっしてダレたり甘くなりすぎたりせずに律動を保つところに、天性ともいえる理知的な楽曲把握が浮き彫りとなる。奏者の思い入ればかりがウエイトを占めると、聴き手が想像力を滑り込ませる余地がなくなる。そうした余地を実にさりげなく残しておいてくれるところ(奏者は無意識であろうから、結果的に、ではあるが)にも、竹を割ったような洗練がある。

上野学園は「古楽月間」を設けるなどして、古楽を一般の人々に広く開放し、カジュアルに楽しめる機会を多数設けているが、曽根のこのシリーズはもちろん、今後も大いに期待したい(*文中敬称略。8月5日記)。







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