#  353

『住友郁冶ピアノ・リサイタル〜リスト生誕200年記念』
2011年8月26日(金) @東京文化会館小ホール
Repoted by:伏谷佳代(Kayo Fushiya)

≪出演≫
住友郁冶(Fumiharu Sumitomo):ピアノ

≪プログラム≫
*オール・リスト・プログラム
BACHの主題による変奏曲とフーガ
2つの伝説
1. 鳥に説教するアッシジの聖フランチェスコ
2. 波の上を渡るパオラの聖フランチェスコ
バラード第2番ロ短調
<休憩>
ピアノソナタロ短調

*アンコール
コンソレーション第4番
忘れられたワルツ第1番
愛の夢第3番

リストの内なる願い、より人間的で虚飾のない深層へと肉迫する演奏

キャラクターの立つアーティストである。ピアノ独奏のステージを見たはずなのに、一人芝居を見た後にも似た、演ずる者そのものの人間を丸ごと差し出されたような感慨がある。芝居というものが人間性や生活感情、その奥に潜む真実を鋭くえぐるものであるのと同様、住友郁冶のリストも「クールな天才、悪魔的魅力を持つドンファン」という流布されたリストの固定概念を剥ぎ取り、リストの内なる願い、より人間的で虚飾のない深層へと肉迫するものであったといえる。リスト生誕200周年である本年は、住友の演奏活動20周年にも当たり、「思えばデビューもオール・リスト・プログラムだった。毎回二度とやるか、と思うのに20年目もオール・リストと相成りました」と終演後にユーモアたっぷりに語っていたが、真摯で豪快、小細工なしのナチュラルな音色美で弾き切った演奏から飾り気のない素顔に急変するあたりにも、エンターテイメント性が滲んでいる。

住友郁冶は1969年生まれ。国立音楽大学を首席で卒業。1991年にNHK-FMにてデビュー後、翌92年にイタリアで開催された国際リストコンクールにて入選。1993年には国立音楽大学大学院をレオニード・クロイツァー賞を得て首席で修了。同年にチェコで開催された第2回ヤングプラハ国際音楽祭にも日本代表ピアニストとして招聘されている。多岐にわたる活動で知られ、歌曲などの伴奏ピアニストとしても非常に評価が高い他、斎藤晴彦率いる劇団『黒テント』の音楽部門監督も務め、鳳蘭や近藤正臣など俳優との共演も多い。また、映画音楽の分野にも進出している。ピアノを「クラシック音楽」という枠に閉じ込めることなく、広く表現活動の媒体として解放しようとする姿勢が活動ぶりからも窺える。

冒頭の「BACHの主題による変奏曲」が始まるや否や、肩肘張らない自然な音色に気づかされる。ピアノはベーゼンドルファーであったが、ピアノ自体の響きに任せ切ろうとする明朗さが感じられる。中間部のあたりで若干流れが滞るように感じられた瞬間がなきにしもあらずではあったが、逆に言えば細部まできちんと物語を描こうとする意志とも捉えられ、パッセージの類型ごとに「音が最も効果的に鳴り響く角度やタッチ」についての豊富な経験と考察の後が見てとれた。左手の小気味良いオクターヴ進行や、とりわけフィナーレでの鐘を打ち鳴らすようなキメ音の効いた和音など、その男性的でダイナミックなピアニズムには「焦点がブレる」ということがまるでない。続く『2つの伝説』、第1曲「鳥に説教する・・・」においても、聴きどころである装飾音の連続は、よくあるように抒情に流れすぎるのではなく、ベーゼンドルファー本来の音色美と、作曲家の意図である装飾音をそのまま立体的に溶け合わせようとする。邪念がないという意味で非常にタイト、最短距離のアプローチが清明さを生み出す。宗教に深く傾倒していったリスト晩年の作品にふさわしい。第2曲「波の上を渡る・・・」ではタイトルが示唆する世界が、言葉を要さずとも十全に感知される「演技力」のある二手。荒波のうねりを表す左手のパッセージは、あえて濁り気味のペダル処理で響きの筒を濃厚に創りあげて不穏さを増幅させ、それと対比させるかのような右手の和音は、時折ハッとするような屹立を生む硬度である。自然と人間の意志、現実と真実、制御不能なものとの戦い-----こうした広範なテーマとなりうるものでドラマを練り上げるわけであるが、クライマックスに向かうにつれてそれまで水平線上に流れていた音楽が、垂直方向へとシフトし、それぞれの音が等分に縦に切り刻まれてゆく。その残忍ともいえる「血のたぎり」の表出は、その後に凪が訪れたときに初めてストーリィとして意味を帯び始める-----見せ場がうまい。

さて、前半最後は「バラード第2番」である。プログラム後半に配されたソナタと同一調性・ほぼ同時期の作品であるが、住友はこの2曲の間に心理的な一線を引く。バラードを含めた前半の曲は「現実は複数あるのに一つの真実を求めて止まぬ人間の『想い』の結実」であり、対するソナタは「迷走しまくりどうにもならない人間の現状を切り取ったもの」であるとする。果たして前者のトリであるバラードはどうであったかといえば、曲が持つピアニスティックな技巧を凝らした面よりも、単音一音にこもる説得力に、このピアニストの実力を見た思いがする。構造がシンプルでメロディアスな箇所になればなるほど、音楽の純度が上がる。こうした部分へと至るためにあるような低音部の派手な左手の進行などは、よくコントラストが効いてはいるのだが、少々生真面目すぎるほど堅牢とでもいおうか。欲を言えば、もう少々の不吉さやトランスの境地を滲ませて欲しくないでもなかった。印象に残ったのは残響の持たせ方で、いかにも崇高に消え入るように終わるのではなく、かなり太い濁りの芯を空間に残す。超俗的になりすぎぬところに、俗世間における芸術の役割を常に問い続けた作曲家へのオマージュを感じ取ったのは気のせいか。

休憩後の「ソナタロ短調」でも、楽曲が持つエキセントリック性は殊更にフォーカスされない。入り組んだ構造は、もっと息の長いドラマとして立ち現れる。やはり展開部の叙情的な歌の部分で、ピアニストの意思とピアノ自身の声が幸福に結託したような、混じりけのない情感の立ち昇りに救済にも似た感覚がたゆたう。一音が含みこむ呻吟は上下方向にもバウンドする。プログラムも終盤に至って筋肉もほぐれてきたのであろう、じりじりとボルトを締めあげてゆくかのような焦燥が個々の音の伸びのなかに潜む。それらの総和が曲全体に束ねられたとき、クライマックスがいかに壮大な解放となるかを想像されたい。曲の構造や技巧を超えたところにある、奥深くからの歓喜の情。非常に演劇的であり、ピアノ独奏という枠を超えてくる。それはあたかも、リストが追い続けた標題音楽と絶対音楽、真の芸術ならばその本質は一つではないか-----そのひとつの力強い肯定と思えてくる。秋にはリストのアルバムも発売し、交響曲のピアノ用トランスクリプションを演奏するリサイタルも予定されているというので期待したい(*文中敬称略/8月29日記)。







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