#  354

サントリー芸術財団サマー・フェスティヴァル2011
『第21回芥川作曲賞選考演奏会』
2011年8月28日(日) @東京・サントリーホール
Reported by:伏谷佳代(Kayo Fushiya)

≪オープニング≫
第19回芥川作曲賞受賞記念 サントリー芸術財団委嘱作品/
日本べネズエラ音楽交流支援委員会(Friends of El Sistema,Japon)共同嘱託
藤倉大:オーケストラのための「トカール・イ・ルチャール」(2010)【日本初演】

≪第21回芥川作曲賞候補作品≫
田上英江:ドゥブル・カレ オーケストラのための(2010)
清水卓也:アンサンブルのための「三十六角柱の表面にある宇宙」(2009)
山内雅弘:「宙(そら)の形象」ピアノとオーケストラのための(2010)*

≪演奏≫
指揮:大井剛史
ピアノ:石橋史生*
オーケストラピアノ:前田勝則*
管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団

≪選考委員≫
湯浅譲二/新実徳英/伊佐治直

司会:白石美雪

オープニングと予想

サントリー芸術財団による夏の祭典の締めくくりは、今年で第21回目を迎える芥川(也寸志)作曲賞の選考演奏会である。賞の特色として、「毎年、その年の内外で初演されたわが国の新進作曲家の作品のなかから、もっとも清新で、豊かな将来性を内包する作品」に贈られるものとし、受賞作曲家には新しいオーケストラ作品を嘱託、2年後にその初演を行うことが決定する、という将来を見据えたサポート体制も充実している。この日は、楽譜と録音による審査によって66作品のなかから通過した、三氏の作品が新日本フィルにより演奏され、直後に審査員による講評と表彰までを含む流れである。

オープニングに演奏されたのは、2年前の第19回に受賞した藤倉大(ふじくら だい)による「トカール・イ・ルチャール」。2011年2月22日にベネズエラのシモン・ボリバル・ユース・オーケストラ(グスターボ・ドゥダメル指揮)によって初演された。タイトル「トカール・イ・ルチャール(Tocar y Luchar)」は、スペイン語で「奏でよ、そして戦え」の意。貧困地区にオーケストラを設置し、住民を音楽へ従事させることで若者の未来と地域の発展に活力を見出していこうというNPO ”El Sistema”のために書き下ろされ、創設者のホセ・アントニオ・アヴレウ博士に献呈されている。タイトルはそのまま「音楽すること=生きること」にも言い換えられるであろうが、ダイナミズムの伸縮のスパンが短時間のうちに繰り広げられ重なり合って展開する。緻密かつ躍動感に満ち、音楽することの抜かりなさ、がストレートに表れている。

さて、選考作品である。三作品ともこの日が聴くのが初めてであり、前情報も先入観も全くない状態で聴いた。演奏が始まる前にプログラムに記載されている楽曲紹介をざっと読んでみたかぎりでは、筆者が最も期待したのは清水卓也氏である。何故か。凡そコンセプチュアルではなく、素直に音の融和を試行したものであったからである。本人の説明によれば、「ある音Aと一番似ている音Bは一体何か?AとBという音同士をクロスフェードさせれば、音の違いを曖昧にしながらAからBへと音響を移行させることができるのではないか」という極めてシンプルかつ興味をそそられる問いから発している。現代の音楽状況にあっては、クラスターも不協和音も、あらゆるハプニング的な意表の衝き方も、サウンドから現代美術など他のフィールドを連想させるようなアプローチも、聴き手にとってはもはや珍しいものではないだろう。斬新さがあらゆる次元での鋭角性を示すことが多い現代音楽にあって、ゆるやかな連鎖や融和を志向することの肩肘の張らなさに好感が持てる。以下、それぞれの作品を実際に聴いての、一聴衆としての率直な感想を述べる(作曲技法などの専門知識についてはご容赦願いたい)。


候補3作品を聴いて思う

トップバッターは田上英江「ドゥブル・カレ オーケストラのための」。オーケストラの配置を正方形ふたつ(double carre)として捉えた長方形とみなし、そのなかにABCDの4人のヴァイオリニストを配してもう一つの長方形を形成、それぞれが相互的な役割を担いながら、音響面はもちろん、リズム面・視覚面でのさまざまな駆け引きを通して曲における即興の可能性を探っていくというもの。巧みにバウハウスの光の反射を視覚的効果として利用したり、フラメンコのパルマスなどのリズムも取り入れビートのある展開。全体を通しての印象は、非常に緻密で軽やかな金銀細工を見ているかのよう。細かなテクスチュアの網目からこぼれおちる音のズレや残響、とりわけ弱音部での各楽器の重なりが幽玄。各パーツが相殺し合うことなく共存を保てているところがまず素晴らしい。面白いのが、4人のヴァイオリニストの在り方で、とりわけソロとコンサートマスターを担うAが、ソリスト的な役割を演じる部分になるとオーケストラのなかにその音色が沈み込み、合奏的な部分になると逆に音色が映える傾向があったところである。これが音楽の濃淡やゆらぎにうまく寄与していたように思う。また光がまたたくような視覚的なイメージは、主にピアノの高音やハープによって喚起されることが多かったようだが、ピアノを弦楽器のひとつとして見立てたような特殊奏法も、クラシック以外を聴くことのほうが多い聴き手にとっては馴染みのものではある(光=高音、という定型以外で光彩の明滅を出して欲しかったような気がしないでもない)。記譜の繊細にしてキビキビとしたペン捌きの鮮やかさが目にうかぶ、女性らしい気配りに満ちた作品。完成度が高いが、聴き手にも前知識的なものが要求されるかもしれない。

続いて清水卓也「三十六角柱の表面にある宇宙」。コンテスタントのなかでは最年少の25歳。前述した「ある音から次の音への親和性を求めて連結してゆくスタイル」について補足すれば、第一音から繋がれてゆく音の列は計36音。最初と最後の音が偶然一致したため環状とし、36角柱を形成したというもの。まず、編成が非常に小規模。金管7本にパーカッション2台、ハープ、最小限の弦、というアンサンブル構成である。ふと頭をかすめたのは、公開演奏という形でこうした規模の曲を審査したとき、インパクトの点でやはりオーケストラ編成よりも弱くなってしまうのではないか、ということである。しかし、それも杞憂であった。作曲者自身もポップバンドのドラマーであることも影響しているのかも知れないが、発想も「何かからの影響や何かについて」ではなく、音それ自体の自律性から自然発生的にもたげた問いからスタートしている。「音響効果」ではなく「音出しから効果まで」の一連の過程にフォーカスしているのが、浮遊空間のような心地良さで浮かびあがる。そして、誰もが言及せずにはおれないのが大井剛史の指揮である。左右が4拍子/5拍子とばらばらの拍ながら、それを上下に同時に振りつつひとつの流れを造りだす。さながら何かの踊りを見ているようなユーモラスさであったが、指揮者本人に課される負荷は大変なものであったろう。音程間の縒(よ)れ合いのなかを上行・下行し、限りなく差異を消滅させる試みであるだけあって、音からエッジの鋭さが削がれてゆく。リハーサル時のような気の置けない緩さをも漂う、巨大なるまろみの宇宙。渾然とした音のユーフォリィが上昇し、同形を叩きだすかのようなマレット、ハイハット、ハープ音の輪もアンサンブルの弾みとしてよく機能していた。後に審査員間で話題となった「指揮棒を故意に落とすシーン」の是非については、さほど気にならなかった。

トリは山内雅弘「宙(そら)の形象」。既に相当なキャリアのある作曲家である。構成としてはピアノ・コンチェルトのスタイル。目新しいのは、オーケストラの中にもピアノを配し、ソロ・ピアノとオケ・ピアノとの掛け合いの場面も多く含む点。オケ・ピアノの位置が後方にあるのがポイントで、連弾や、隣接して配置しての2台ピアノとは異なるディスタンスが生まれるところに妙がある。曲はソロ・ピアノによる不協和音の同音連打で派手に幕開け。あたかもフリー・ジャズの黎明期を彷彿とさせるような、妙なアナログ感覚を聴き手に吹き込む。ふたつのピアノの対話も、音響面でのディスタンスがうまく測れており、ソロ・ピアノがサウンドの太枠を隈取りする内部でオケ・ピアノが蠢く、といった入れ子構造的なシーンも見受けられた。しかし、コンセプトや構造の面白さは確かに味わえるものの、こういったタイプの曲ではピアニスト自身の個性は出にくいのではないか、と思ったりもした。また、一方のピアノによる問いかけが、もう一方のピアノによって必ず拾われる傾向は、サウンドに重厚さや安定感が生まれるものの、同時に未決定要素が排除されてゆくことになりはしまいか。不定なゆらゆら感こそ、音楽生来の魅力のひとつではないか、との思いがかすめたり。全般的に、オーケストラとピアノは同等のウエイトを保ち、有機的な波となって作用しあうさまはひじょうにドラマティック。少々気になったのがピアノに用いられる技法で、鍵盤外を叩いたりする特殊奏法、同音連打、装飾音の多用、コードの叩きつけるような進行、といったアプローチが多く、いわゆる「効果音」的なものに終始する。サウンド全体のバランスとしては溶け込みが良い反面、オーケストラの演奏能力の高さとも相まって、いささか模範的な「合奏」の趣を呈してしまった瞬間もあったように思うが、これはプラスなのかマイナスなのか。ただ、全体として見たときにやはりソツがないし、音量的にも迫力のある編成、語り口にもインパクトがある。


審査の基準と「聴く」感覚

ここで、審査員三氏が最も重視したという評価基準を見てみると;

・湯浅譲二「未聴感」
・新実徳英「魂のふるえにどれだけストレートに入り込むか」
・伊佐治直「音楽の間がどれだけ自然(あるべきエキセントリックさの発生も含む)か」

となっている。湯浅氏が「発想や着眼点のユニークさ」を焦点にしているのに対し、新実・伊佐治両氏は「出来上がった音楽の緻密さや構成」に重きを置いたことが窺える。よって湯浅氏が清水卓也、新実・伊佐治両氏が山内雅弘を推した。個人的に印象深かったのが湯浅氏のコメントで、人間の知覚領域は時代と共に変化するものであり、五感で測りうる領域の拡張が反映されている音楽に未来への可能性を見る、という見解である(さすがに弟子がクラシック音楽界に留まらず多方面に拡散している方だけあると納得)。しかし、やはりこの賞の受賞には、「クラシック音楽」というフィールドが大きく関わってくるのであろう。それがたとえある程度の柔軟性が認められるはずの現代音楽であっても、コンテストという形式上、緻密な根拠というものが示されなければならない。具体性や説得力、それが音楽という流動的なものといかに共存しているのか、等々。最終的に差し出されるカタチである。また、結局は「新しさ」の定義とも関わってくるのか。「もはや新しいものなど何もない」から議論をスタートさせれば、レースは「既聴感」同志で争われる(聴き手の感覚が「未聴」を「未聴」と認められるほどに開発されていなければ、クリシェとして片づけられかねない)。そうなったときの焦点はやはり完成度(密度)であるのか。最終結果は予想通りというべきか、既にヴェテランの域に入りつつある作曲家・山内雅弘氏と決定した。

なお、この日の演奏・審査員寸評・結果までの一連の様子はU-Streamで実況された。画面を通して大勢の人たちが選考に立ち会えることになったわけであり、感慨も各人さまざまだろう。こういう時代に、ますます鍵となるのは「生の手ごたえ」であると実感する。作曲家もサイバー上に万遍なく行きわたるような音楽を志向し始めたらそれこそ終わりだろうし、会場で聴く側も生でしか味わえない様々なニュアンスに鈍感であっては新たな萌芽も萎えてしまう。アコースティック感覚を研ぎ澄ますこと。先に述べた湯浅氏の「知覚の深化」が身に沁みてくるところだが、同日中継までされている以上、後日のこういうレポートに全く意味がない、とならぬよう自戒を込めつつ(*文中敬称略/9月2日記)。

【参考リンク】
候補者プロフィール
http://www.suntory.co.jp/news/2011/11075-3.html



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