#  356

東京都交響楽団「作曲家の肖像」シリーズVol.83≪モーツァルト≫
2011年9月4日(日) @東京オペラシティ・コンサートホール
Reported by 伏谷佳代 (Kayo Fushiya)
Photos by 林喜代種 (Kiyotane Hayashi)

指揮:ミラン・トゥルコヴィッチ
ファゴット:岡本正之
管弦楽:東京都交響楽団(コンサート・マスター:四方恭子)

≪プログラム≫*オール・モーツァルト・プログラム
交響曲第38番ニ長調K.504「プラハ」
ファゴット協奏曲変ロ長調K.191
交響曲第39番変ホ長調K.543

血肉化されたウィーンの伝統〜トゥルコヴィッチ

ギャラントゥ-----トゥルコヴィッチの姿から真っ先に連想される単語である。舞踏の文化が根付いている国の人間にしか醸し出せぬ優雅さ、とでも言おうか。非常に優美な物腰であるが、英国のそれとも異なる暖かでクラシカルな光沢を感じさせる。都響の弦パートがとりわけ高い水準を達成していることは周知の事実だが、その透徹した音色美を少しも損なうことなく、間接照明のごとき柔らかな光を放つヴェールで包みあげる。水滴が霧と化すかのような、気配に満ちた美しさ。その滲み出すオーラに気圧されるように始まったモーツァルトの『プラハ』。第1楽章における弦の主題は小刻みでリズミカル、躍動がそのまま澄み切った音の流線形として遠方よりフローする。この楽章をタイトに保持するパーカッションの手綱の締め、木管の抑制された響きの構築などに、自らもオーケストラのファゴット奏者であったトゥルコヴィッチの練られたアンサンブル・センスが見て取れる。音を豪快に捌き切るというよりは、音空間をソフトに抑制しながら内部の凝縮感を高めてゆく指揮。そこでは微細な音の奥へ奥へと神経が研ぎ澄まされてゆく感覚が伴う。音宇宙が横溢してゆく際(きわ)を撫ぜてゆくような少々先回りの包括感 (これは指揮者のみならずこの日のコンマス・四方恭子にも強く感じられたことである)。続く歌謡楽章においては、木管楽器のくぐもりが活路を見出したかのように、弦楽器との音色のアフィニティ(親和)が計られてゆく。空気が融け合う一体感と、それと対を成す、音間に風穴を開ける後半部のスタッカート。トゥルコヴィッチは音を呻吟させるのに長け、それぞれの収まるべき「落としどころ」を心得ている。フィナーレでの見せ場は、派手な弦楽器のフォルテのように見せかけつつ、実は緩めのニュアンスを身上とする管楽器のソロに、その起爆剤の役目を与えている。管楽器の特性をユーモラスに切り取り、全体の統制のある攻め上げのスパイスとする。これは次の『ファゴット協奏曲』への恰好の布石ともなっている。


耳をそばだてる歓び〜岡本正之のモーツァルト

ファゴットをじっくりと堪能できる機会はそうあるものではない。ソロとして登場してみると、その壮麗な外観に改めて驚くのであるが、音色は奥ゆかしい。木の温もり・汽笛のようなくぐもりがすっと聴き手に馴染む、人肌との壁のなさがある。ソリストは都響の首席奏者である岡本正之。第1楽章では、図形をずらすかのような整った波動の推移を見せたオーケストラと、絶妙な濃淡を見せる。オケの躍動感溢れるサウンドの、あたかも窪みとなるようにファゴットの音が定位置を決める。ファゴットの細やかで丁寧なフレージングは、自律的な優美さから逸れることはない。ある意味完結した世界が固持され、そこに聴き手の意識は注がれる。外交的で大胆なオケの空間造形と好対照。岡本自作によるカデンツァは、跳躍音程をうまく取り入れ、低音から高音に至るまでのファゴットの音色の魅力をプレゼンするかのような趣。音から音への移動にも余韻を残す音払いで、スペース感を巧みに創出する。第2楽章・アンダンテでは、高音弦とオーボエの絡みが織りなすピアニッシモがこのうえなく美しい。ここでのファゴットはとりわけ低音部の伸びをあますことなく発揮した。この章でのカデンツァも、高音へと昇りつめたパッセージがリズミカルに下降する語り口に、まさにオペラの道化師を思わせるユーモアが滲み出ていた。前楽章でのカデンツァが「音の曳き」を感じさせるものであったのに対し、こちらはエアを多く取り入れた「音の消え」にフォーカスするものであったように思う。また、カデンツァ前後の弦の透明度の高さを最大限にピアニシモで引き延ばしつつ、ふわりと空気を閉じるトゥルコヴィッチの指揮にも注目。柔らかくも気高い静謐-----高い精神性が支配していたと言えよう。終楽章のロンドではパーツごとの掛け合いのコントラストを小刻みに浮き彫りにし、また岡本のソロもエアの配分とレガートとのメリハリを効かせて、サウンドの波にヴィヴィッドな輪郭を施してゆく。リード楽器の役割を体の芯から熟知するトゥルコヴィッチ、都響の一員としてオケを知りぬいている岡本、サポートするオーケストラのソリストへの信頼感、それらが幸福に合体した一幕であった。


団員と同位置からの音の造形

ここまで聴いてくると、本日のプログラムはトゥルコヴィッチのアーテイストとしての総合的な力量と同時に、都響の各パートの実像が顕わになる、実によくできたプログラムだと思えてくる。華美ではない音色をも持ちあわせる管楽器パート、そこがいかに少数精鋭の部隊であるか。この日の締め、『交響曲第39番』は、作曲当時まだポピュラーではなかったクラリネットが大胆にフィーチャーされていることでも知られている。第3楽章のメヌエットで数回繰り返されるクラリネットのソロは、音量ではなくあくまでニュアンスによる吹き分けが細やか。大小さまざまな円が大胆かつエレガントに翻ってゆく。ソロを支える各楽器が伴奏に徹する時の、控えめな音の層付けも美しい。だが楽曲全体を通して、瞠目すべきはやはりヴァイオリン・パートの縦横無尽な運動能力であったといえる。第1楽章・アダージョで見せた、迷いのない方向性を持った緩急の変幻、第2楽章・アンダンテにおけるイメージ喚起力抜群の同音点描、終楽章・プレストでの冴え渡る小回りの良さ、と具体例を挙げればキリがない。各パートの自然な形での息吹の吐露は、トゥルコヴィッチの無駄のない、仕舞の美しい指揮とも呼応している。長く一流オーケストラの団員として過ごした彼ならではの、現場に最も近い耳。各パートのブロックとしての明確な把握。クライマックスにおける鋭角的で絞りの効いた的の設定。音の波形の推移を瞬時に察知して掬いあげ、融合させる瞬発力。ヴァイオリンのことばかり述べたが、低音弦の表現力が広範に引き出されていたことも忘れずに付記したい。淡雪が舞うような儚さ(第2楽章)から大砲のごとき鼓動(第4楽章)まで、柔軟な対応力に目を見張る思いだった(*文中敬称略。9月14日)。









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