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オペラシアターこんにゃく座 40周年記念公演第3弾 オペラ『ゴーゴリのハナ』
2011年9月14日 @俳優座劇場
Reported by 佐伯ふみ
Photo by 青木司

原作:ゴーゴリ
台本・演出:加藤直
作曲:萩 京子
美術・衣装:乗峯雅寛
照明:服部基
振付:山田うん

演奏:
ヴァイオリン:山田百子
サクソフォン:林田和之
パーカッション:高良久美子
ピアノ:服部真理子

記念公演にふさわしい見応え・聴き応え十分の秀作

オペラシアターこんにゃく座は創立1971年(当時は「オペラ小劇場こんにゃく座」)、今年が40周年の節目だそうである。その長い年月のあいだに、作品数はなんと100タイトル以上、5600回を超える公演をおこなってきたという。『ゴーゴリのハナ』はその記念としてふさわしい、見応え・聴き応え十分の秀作であった。

細部まで考え抜かれた台本(加藤直)が非常に巧み。何度笑わされ、何度はっとさせられたことか。hana(「鼻」、そして鼻の欠落を示す「アナ」)という言葉の響きをフルに生かし、駄洒落、風刺、毒をたっぷり盛り込んだ強度のある台本に、音楽(萩京子)ががっぷり四つで受けて立ったという印象。「『オペラ嫌い』とうそぶく」台本作家に、「『これはオペラなんです!』と喧嘩を吹っかける」作曲家(公演プログラムの大石哲史氏のエッセイより)の、丁々発止のやりとりが目に浮かぶような作劇であった。

ペテルブルクのある朝、成り上がりの主人公「八等官」(大石哲史)が鏡を見ると、鼻がない! 慌てて警察に向かう途上、なんと、自分の鼻(高野うるお)が立派な「五等官」に出世して、街なかのご婦人方を悩殺しつつ、さっそうと馬車を乗り回しているのに遭遇する。最初に「鼻」を発見した床屋夫婦(佐藤敏之・梅村博美)、警察署長(富山直人)、八等官に娘(豊島理恵)を嫁がせようとする陸軍佐官夫人(岡原真弓)、弁護士(島田大翼)、医者と看護婦(沢井栄次・西田玲子)などなど、それぞれどこかしら妙ちきりんな登場人物が入り乱れ、「?」「?」のナンセンス不条理劇が展開される。

ピアノ、ヴァイオリン、サクソフォン、パーカッションの音楽が、この不条理劇にはとてもよく似合った。ドライで皮肉っぽく、しかし何か人間的なあたたかみを感じさせる音楽が、力強い推進力でこの劇を前へ前へと引っ張っていく。言葉の意味、出来事の意味をつかもうとすると、ひたすら「?」の世界に迷い込むストーリーだが、音楽があることによって「まぁそんなこともあるよね」と納得するような気にさせてしまうから不思議である。

もう1つ、筆者が強い感銘を受けたのは、次々と登場してくる役者たちが皆それぞれその人しか持ち得ない「声」でもって語り、歌っていることであった。その存在感、力強さには圧倒的な魅力があった。1人1人の声が違うこと、そんなことはあたりまえだと言われそうだが、いわゆるクラシック音楽の伝統的なオペラにどっぷりはまっていると、まずは「ソプラノ」「テノール」という声種があり、その作品のなかでの役どころに相応しいかどうか、という視点が優先してしまう。それはかえって不自然なことだ、と改めて気づかされる。

舞台には直径6メートルの開帳場(回転する傾斜舞台)が据えられ、役者たちがみずからそれを回し、ひっきりなしに飛び上がり・飛び降りして場面転換をはかる。登場人物とコロス(合唱)を区別し、室内の場景から、街なかを歩き・走る場面へと瞬時に転換する。優れた工夫である。前半、「五等官」に出世した「鼻」の颯爽たる登場場面、後半の陸軍佐官夫人とその娘のやりとりなど、コミカルな振付と音楽と言葉遊びにおおいに笑った。同時に、役者たちがこの緻密なアンサンブルをいとも軽やかにこなすことに唸らされた。日々、役者たちがともに稽古を積み重ねている、こんにゃく座ならではの芸当と言えよう。

物語の最後、八等官の鼻がある朝とつぜん、元に戻る。原作の結末がもともとあっけないのだが、観ていて筆者は、「鼻」が戻ったあとが少し蛇足のような印象を受け、もうひと工夫ほしいという気持ちが残った。おそらく、鼻がなくなったという事件を彩る音楽と動きが、非常にインパクトの強いものだった(ひらたく言えば「大騒ぎ」だった)だけに、「元に戻った」ことも「意外な事件」として、もうひと波乱起こしてほしいという気持ちが湧いたのだと思う。しかし「何故か鼻がなくなり、何故か元に戻った」という不条理がこの戯曲の眼目なのだから、このあっけなさをそのまま受け入れるべきなのだ。となると、受け入れがたい不条理さえもエンターテインメントにしてしまう音楽の力――その功罪――をも、改めて考えさせられる。いずれにしろ、いろいろな問題提起をしてくれる、貴重な公演であった。







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