#  360

東京都交響楽団第720回定期演奏会Aシリーズ
2011年9月26日(月) @東京文化会館大ホール
Reported by:伏谷佳代 (Kayo Fushiya)

指揮:マーティン・ブラビンス(Martin Brabbins)
ピアノ:上原彩子(Ayako Uehara)
管弦楽:東京都交響楽団(*コンサートマスター:矢部達哉)

プロコフィエフ:歌劇『戦争と平和』序曲op.91
チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第2番ト長調op.44(原典版)
プロコフィエフ:交響曲第5番変ロ長調op.100

そのどちらもがロシア民族の昂揚する気分に満ちたプロコフィエフのあいだに、チャイコフスキーのピアノ・コンチェルト第2番を配したプログラム。あまりに有名な第1番の影になって、演奏されることが極端に少ない曲であるが、技巧的な難易度も楽想のロマンティックさも、第1番を凌ぐともいえる。奏者はチャイコフスキー・コンクールの覇者、第1番はもはや飽きるほど弾いてきたであろう上原彩子である。


派手な金管使いの『戦争と平和』であるが、ブラビンスはそういった鋭角的な音の絞りよりも、もっとカオティックでスケールの大きな側面から曲の良さを引き出していたようにおもう。特筆すべきは金管部と弦楽部がはっきりと二層を成すうねりとして(少なくとも客席には)聴こえていたことで、楽器のポジションである上下の二段がそのままに、ときに大海原のごとく、やわらかな藻を描くように迫ってきたことである。また、楽器のポジションの重要性に関しては、ステージの両脇に陣取るコントラバスとハープが音を塞き止め、弾き返す少なからぬ役割を担っていたことにも注目したい。同じスコアでも、発音如何で差異が生じてくる。そういった誤差の集積がオーケストラという大所帯においていかに決定的なサウンド・クリエイションを生むかを、オペラの経験が豊富なブラビンスは熟知しているようだ。


自己のピアニズムを熟知した、確信犯的上原のアプローチ

さて、上原彩子の登場である。チャイコフスキーの第2番の特徴は、何といっても緩徐楽章にある。独奏ヴァイオリン、独奏チェロ、そしてピアノによるトリオが切々と謳い上げる叙情の極。この章を見ても、ピアノは独断場ではなくオーケストレーションの一部として実に巧妙に編み込まれていることがわかる。ヤマハの早期教育出身で作曲や即興もひととおり経験したであろう上原は、やはり楽曲の把握の仕方が一廻りも二廻りも練れている。とりわけ第1楽章などでは、派手なオクターヴ進行のパッセージでもかなり色彩を絞った、リズムや轟きへピアノという楽器を特化したかのような奥深いアプローチを効かせる。きらびやかではない硬派な音色が、粘着質な打鍵によってヴェルヴェットのようななめらかな照りを増してゆく、とでも言ったらよいか。非常に音数の多いピアノ・パートであるが、上原はその中から自分が明確にしたい音を選びとり、オーケストラのサウンドのうねりの中に効果的に滑り込ませて来る。ピアニストというよりはコンポーザー的な耳なのであろうか、所によってはほとんどオーケストラにメロディを明け渡し、自らはその伴奏に徹しているかのような場面も散見された。つねに「大の一部」であろうとする透徹した意識は、オーケストラとの音の受け渡しにおいても、非常に演劇的なアプローチが、時空的にもたっぷりとした余韻として立ち現れる。超絶技巧は、あくまでオーケストレーションの一翼として、音間をたっぷりと塗り込むためにあるのだ。こうした質のピアノによる長大なカデンツァは見ものであった。絢爛さではなく、極度の集中に裏打ちされた静かな戦慄感でじわじわと押してくる。

やはり「聴かせたい音」を小銃のように穿ちつつ、それらが点描を描いてねっとりと尾を曳いてゆくさまは、忘れがたき存在感を残す。第2楽章のトリオにおいては、まず先行する矢部達哉のヴァイオリンが見事である。胸を焦がすかのような掠(かす)れをも含みこむ、伸縮の効いた音の跳躍。古川展生のチェロと矢部のヴァイオリンは、あたかも一本の糸上から生まれるかのごとき連続性を感じさせる、なめらかな連結。音の生成の神秘をつぶさに見せてくれた。ここでもピアノは低音部にポイントを効かせ、サウンドの伏線として機能している。フィナーレにおいても、上原はテクニックの小回りの良さを前面に出すのではなく、キメとなる音をオーケストラと確実に張尻を合わせることによって、聴覚への訴えを鋭敏にしてくる。上原のピアノは、確かに音が沈むときがある。しかし、それを自らのピアニズムの特徴として確かに認識しているからこそ、絞りの効いたテクニックでより効果を上げているのではないか。


連続性と層の分析〜ブラビンスのプロコフィエフ

休憩を挟んで交響曲第5番。複雑な躍動を伴いつつ、中音域が極めて充実しているこの曲において、ブラビンスはプロコフィエフならではの奇抜なハーモニーを殊更に強調しすぎることはなく、そうした表層のインパクトよりももっと大きな、流れるようなストーリィを一貫して紡いでいたようにおもう。不穏な音色同志の慟哭や大胆な金管・パーカッション使いを一見野放図に解き放ちつつも、太い連続性のもとに音の大動脈を成す。空から俯瞰するがごときアプローチである。しかしながら決して大味にならずに、例えば第2楽章・マルカートでは、分析的ともいえる楽器ごとの音色の明彩づけを行う。ヒステリックな趣で横のラインの方向性に先鞭をつけるヴァイオリン、その響きに影として重厚に吸い付くヴィオラ、含みを持たせる跳躍で音間に独特の閑寂をもたらすチェロなど。曲想が祝祭的であればあるほど、サウンドの柔剛の整理を綿密に抜かりなく執り行うさまは見事である。時にその生真面目さがストレートに聴き手に伝わりすぎる瞬間がないわけではなかったが...。ブラビンスの連続性を持ち味とする指揮が遺憾なく発揮されたのが、続く第3楽章のアダージョである。低音の金管は一過性の迫力に終止することなく、通奏低音的に要所でスパイスとなりつつ楽章を支え続ける。このアダージョの魅力は何と言っても、豊かな弦楽のヴァリエーションでもって3連符が連結され展開してゆくところにあるが、官能や焦燥、恐怖や興奮といった複合感情を同一の軸に巻き込みながら、めくるめくように旋回させてゆく手腕に唸る。ハープも含めての弦楽器のもつ音の収斂力、その意味深長さに改めて気づかされる演奏でもあった。フィナーレは派手な祝賀的ムードに彩られるが、ブラビンスがそのエネルギーを注ぎ込む発火点は、幾重にも連なる音の層の、より奥へ奥へと潜る。眼前で炸裂する音魂と、来たるべき音への伏線-----その双方で聴き手の意識は右往左往するわけであるが、それこそがブラビンスの音楽に捉えられた証であろう(*文中敬称略。9月30日記)。



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