#  362

新実徳英ヴァイオリン作品展
2011年9月29日(木) @東京文化会館小ホール
Reported by: 伏谷佳代 (Kayo Fushiya)

渡辺玲子(Reiko Watanabe;vn)
寺嶋陸也(Rikuya Terashima;pf)
加藤知子(Tomoko Kato;vn)

『ソニトゥス・ヴィターリス』T.〜X.
『舞踊組曲-----I Love Lucy』
 T.サンセット・ブルース
 U.風のワルツ
 V.ルーシーのタンゴ

*アンコール
『白いうた 青いうた』より「そよ風の子守歌」

「古来、私たちは大自然の恵みと畏怖の中で生かされてきた。荒ぶる神、鎮める神に祈りを捧げてきたのだ。そのことを忘れてはならないと思う。そして今、私たちは私たちの心の震えとしっかりと向き合わねばならない------」

これは、プログラムの序文に書かれた新実徳英自身による一節で、演奏会冒頭のあいさつにおいても言及された。3・11の大震災以来、より直截に「魂の震え」へと訴える音楽を志向するようになった、とは先に開催された「芥川作曲賞選考演奏会」で審査員を務めた新実が語っていた言葉でもある。音楽がもたらす震えと、大自然がもたらす戦慄----このふたつは性質を分かち合うのか。新実といえば声楽曲や合唱曲を多数作曲していることでも知られており、また、詩人の故・谷川雁と100曲を目指してコラボレーションした『白いうた 青いうた』(谷川の逝去により中断)は、音楽ファンでなくともご存じの方も多いのではないか。器楽と比べて肉声を絞り出す声楽には、演奏上独特の肉体的実感が伴うであろうことは想像に難くないし、宗教音楽の伝統でも鎮魂の儀式で人声が担う役割がいかに大きいかは、今さら触れるまでもないだろう。新実徳英は「声」の在り処、それが含み持つ振幅を常に広義に追い求めてきた。声は人間の専売特許ではなく、単なる叫び、言葉になる以前の、意味が付与される前の音の塊、さざめき、呼吸という無声の声、そうしたものへの真摯な接近であり、「ただ在るということ」の裏に潜む困難さへの配慮と眼差しを怠らない。例えば谷川雁とのコラボでは、出来上がった詩に曲をつけるのではなく、先に作曲したものに言葉を載せてゆくというパターンを採ったというが、まず魂が要求したフレーズを第一の「声」とし、歌詞(言葉)はそのコンテクストのなかで自在に意味を変える役者である-----そうした原点が透けてみえるような気がする。「生きとし生けるものの立てる音」-----まさにプログラム前半を占める5曲のタイトル、”Sonitus Vitalis”そのものである。

『ソニトゥス・ヴィターリス』の各曲(以下SV.と表記)には、それぞれに明晰なテーマが打ち立てられている。SV.T.が「地底から立ち上がる音の想像」、SV.U.「ヴァイオリンという楽器のヴァイタリティの拡大への試み」、SVV.「内へ内へと向かう音の問いかけ」、SV.W/Xが「鎮魂(たましず)めの音楽」といった具合に。ヴァイオリンが渡辺玲子、ピアノが寺嶋陸也によるデュオである。ヴァイオリンは狭い音程間を移動するフレーズが多く、ある音からある音へ移動する「間」に発生する様々な現象、それらこそが主役としてフォーカスされる。ヴィブラートが否応なく含むピッチの揺らぎや空気の振動、余白が持つ説得力など。ヴァイオリンとピアノとの対話は言葉少なく、単なる呼応関係・琴線の張り合いにしか見えなかったりする。絡むというよりは探り合いに近い。何かの木霊のように響いてくるが、その木霊の実体はヴェールに覆われている-----つまり我々の聴覚の想像力を呼び起こしている。ここでのピアノは、寺嶋の解釈なのか楽曲の指定なのか、非常に制御の効いたアクションの打鍵である。音の輪郭は際立ちながらも内部に温(ぬく)い湿度を塗り込めたような、強靭でありつつも独特の間接性を持つ響き。一歩引いた思慮深い音だ。単線の際をぎりぎりまで追い込むようなエキセントリックなヴァイオリンとは音質に乖離があるが、それが響きの屈折に一役買っている。SV.U.に至って、ピアノの位置がステージの左手からセンターへと移動。プリペアド奏法を盛り込みつつ、パンチの効いた打鍵にピアノ弦の震えを絡ませながら残響を重ねてゆく。前曲から引き続いて、ヴァイオリンとの音質の距離は遠い。EからF音への動きを基調としたヴァイオリン上の動きには、相変わらずいろいろなことが起こる。奏法の変化にともなう音圧や平衡・重複感覚、ディストーションのかかった音の伸縮など。たった2度のなかにこれだけのストーリィがある、と言わんばかりに一瞬がふくれあがる。気がつくと、ピアノとヴァイオリンの音質が徐々に距離を縮めてついには渾然と融和しつつヒートアップしている姿に立ち会うことになるのだが...。SV.V.においては、構成はヴァイオリン・ソロであるものの、どこにU.との差異があるのか、聴いている限りではあまり判然としなかったような気がしたが(質疑応答のようなフレーズ同志のまとまりの増加は確かに感知された)、終盤の2曲であるSV.W.とSV.X.はヴァイタリティに溢れる。ここで言う「ヴァイタリティ」は強音のことではない。もちろん、大胆なピアノのペダル使い(ドローン風)、無慈悲ともいえる同音連打やスケールの奔流、重厚にヴァイオリンの中音域が歌う部分などは華やかである。

しかし、そのヴァイタリティの真骨頂は、ほとんど静止直前にテンポが揺らいだり、ぎりぎりのピアニシモでヴァイオリンが高音のフレーズを突き詰めてゆく際の、奏者の呼吸の整え方にある。息がひとつの声として、器楽がもたらす声(音色)と同等のウェイトで時空を御す。この辺りの緊迫の引っ張り具合は、並のヴァイオリニストでは様になるまい。超絶技巧より一歩抜きんでた本能的な勘の鋭さが要求されるようにおもうが、第一級のステージ経験がそのまま人生であるかのような渡辺玲子は、まさに頼もしい存在である。曲の調性の有無についてはさほど関心は向かなかったが、虚を突くような不協和音が現れるたびに「またか!」という印象は拭い得ない。虚を突くことが想定内のイディオムとなってしまっている現代音楽自体の現状だろう。

休憩を挟んでの第二部は、加藤知子をもうひとりのソリストに迎えた、2台のヴァイオリンのための『舞踊組曲-----I Love Lucy』(2005)。Lucyとはエチオピアで発見された300万年前の女性の人骨に付けられた名前だという。この組曲も各曲のコンセプトははっきりとしており、T.「2台の”絡み合い”」、U.「メランコリーな”空気”」、V.「タンゴの枠内でのさまざまな要素のフュージョン」である。ブルース、ワルツ、タンゴといった楽曲上の形式は分類上のものであり、それらを徹底的に「エンターテイメントの前提」として割り切ってしまう痛快さを伴う。重要なのはそうした形式のまな板の上で繰り広げられる「状態」にある(記譜という行為によって記譜の限界に挑む、ということだが、これも使いふるされた言説か)。T.ブルースで見せた、類似のフレーズを微妙にずらして掛け合うことから生じる「誤差の縒れ合い」、それがヒートアップしてゆく際の協奏ならぬ狂騒感覚。なるほど、ヴァイオリンの地声を引き出すのに最も特徴的な「発声法」のひとつである。渡辺と加藤が共に重音で渡り合う箇所では、ひとりが常にトリプル以上の効果を上げているようなポリフォニックで安定した技巧が存分に披瀝される。U.ワルツでは、メランコリーは一種の無感覚状態からこそ濃厚に立ち昇ることを実証するかのように、連綿と定型リズムを旋回させてゆく。”空気”の演出のためには、感情を排除してのフラットな状態がふさわしいというパラドックス(聴き手に”余地”を与えるため)-----それが良く機能していたとおもう。また、メロディを分解してふたりで分担する形で始まるV.タンゴでは、ひとりひとりは「線」ではなく「点」を担うことになるが、それ故に高い音楽性が奏者に要求される。短い持続時間の内に音楽の在りようを濃縮しなければならないからだ。一瞬の摩擦のなかにも密やかに「うた」を滲ませる能力。「タンゴ」とは、ここでは音楽上の形式のことではなく、そうした濃厚な一瞬が生む刹那感のことではないか、とふと頭をよぎった。

作曲に主眼をおいた演奏会の場合、聴き手の焦点は楽曲と奏者との間で激しく揺れ動く。確かに通常の演奏会より、奏者が作品の黒子となる度合は大きいかもしれない。では、奏者の個性は完全に影に隠れるのか、作品を精確に再現できることが求められる要件か、といえばそうとは言えまい。言うまでもなく、声色や発声法、発音はそれこそ人によって千差万別である。この日の3人以外が演奏すれば、全く趣を異にする「新実徳英ヴァイオリン作品展」が出来上がることが容易に想像できる曲たちである。場合によっては、この日のような水準に達することが困難な、きわどさを持つ曲たちとも言えるわけでもあるが、それこそ「無数の声」を重んじる新実徳英の望むところであろう。そこではまた、否応なしに奏者の個性も裸にされる。良い作品とは奏者の作品への献身に比例して、奏者自身もヴェールを剥いでゆくような自浄作用を有するものであるとおもう。聴き手が戦慄を覚えるのは、まさにそうした瞬間である (*文中敬称略。10月2日記)。

【関連リンク】
http://www.jazztokyo.com/live_report/report354.html



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