#  364

ウラディーミル&ヴォフカ・アシュケナージ ピアノ・デュオ
2011年10月5日 @サントリーホール
Reported by 佐伯ふみ
Photo by 林喜代種

ウラディーミル・アシュケナージ(pf)
ヴォフカ・アシュケナージ(pf)

プーランク:2台のピアノのためのソナタ
ラフマニノフ:組曲第1番作品5「幻想的絵画」
ムソルグスキー:禿山の一夜(ヴォフカ・アシュケナージ編曲)
ラヴェル:マ・メール・ロワ
ラヴェル:ラ・ヴァルス

心あたたまる親子共演

親子の共演、久しぶりのアシュケナージのピアノ、珍しいピアノ・デュオの本格的なプログラム……いろいろな点で話題の多い、楽しいコンサートだった。
最初と最後がフランスもの、真ん中がロシアの2作品。時代はというと、プーランクの1950年代から順にさかのぼって、1810〜20年代のラヴェルまで。激動の120年余りを一気にさかのぼっているわけだが、時代の違いをさほど大きく感じないのは、プーランクが古典回帰なのか、ラヴェルが斬新なのか?

この演奏会の白眉は、2曲目、休憩前のラフマニノフだったと思う。聴きおえた聴衆から、声にならない嘆息。ブラボーの声も飛んだ。プーランクは開幕にふさわしい華やかさと荘厳さ、堅固な構築性をもった曲だけれど、なんとなく、オペラの管弦楽を2台ピアノで聞かされている感じ。ピアノならではの魅力が堪能できる作品とは言いがたい。2台ピアノはやはり難しい分野なのかな……と思いかけたところで、ラフマニノフの登場だったのだ。
第1曲の「舟歌」が素晴らしかった。始めから終わりまで、柔らかい弱音のトリルとアルペジオが全曲を彩って、まるで繊細きわまるレース細工のよう。そこに父ウラディーミルの歌う素朴なメロディが、まるで淡い追憶のようにふわりと浮かびあがる。その美しさといったら……。ラフマニノフという作曲家が、ピアノという楽器の特性を知り尽くし、その響きをいかに愛していたか。そんなことを思わせる、忘れがたいシーンだった。

父と息子の演奏の技量や感性をつい比べてしまうのは、ヴォフカには気の毒だけれど、まあそれは宿命というものだろう。テンポ、フレーズの入り、楽章間の間(ま)……音楽づくりの主導権を握っていたのは、やはりと言うべきか、息子よりも遙かに小柄で、背もいくぶん丸くなってしまった、白髪の父のほうだった。
ヴォフカの音は、時に、打鍵の衝撃音が生なかたちで響いてしまい、ダイナミクスの階層的変化もやや大ざっぱ。なによりもテンポの刻みやリズムの取り方が、機械的では決してないのだけれど、なにか生真面目というか律儀というか。ダイナミクスもテンポも緩急自在な父との合奏では、そこがいちばん惜しかった。たとえばムソルグスキーの前半、リズミックな部分などで、どうしてもノリきれないもどかしさを感じてしまうのだ。
一方、ウラディーミルの音は、弱音も強音も一貫して温かさや滑らかさを失わない。クレッシェンドの極まるクライマックス、そのまま生な最強音になだれこんでしまいそうなところで、ふっと音を弱め一瞬の間(ま)をとるあたり、これが名手の至芸というものかと感嘆した。
しかしヴォフカのピアノにも、透明感のある明るい(陽性の)響きというはっきりした特色があって、第1ピアノの担当する主旋律がくっきり際立って聞こえてくる。それにラフマニノフの「舟歌」のあの美しさは、弱音の細かなパッセージをなめらかに弾ききる能力があってこそのものだと思う。

ムソルグスキーでは、終盤、静かな曲想に入ったとたんに、聴衆の注意が一気に舞台に集中し、1音も聴きのがすまいと耳をそばだてる気配を感じた。このデュオは、柔らかな弱音の曲想で最も魅力を発揮するようだ。ラヴェルの『マ・メール・ロワ』、こんなに素晴らしい演奏でこの曲を堪能できる機会はめったにないに違いない。第2曲で、父の第2ピアノが鳥のさえずりを奏でる場面、えもいわれぬ間合いと軽やかな美しい響きが、忘れがたい。

アンコールは、シューマン作品をドビュッシーが編曲した『カノン形式による6つの練習曲』より、第4曲。
終始なにか恥ずかしげな風情で息子を引き立てようとするウラディーミル・アシュケナージの姿がとてもチャーミング。心あたたまる親子共演だった。









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