#  366

ミッシャ・マイスキー Japan 2011
2011年10月8日(土) @サントリーホール
reported by 悠 雅彦 (Masahiko Yuh)
photo by 林 喜代種 (Kiyotane Hayashi)

ミッシャ・マイスキー(cello)
リリー・マイスキー(piano)

 コンサート開始直前に、息子サーシャ・マイスキー(1989年生)が来日不能との知らせを聴いた瞬間の失望とも落胆ともつかぬ複雑な気持が、いざコンサートが始まってしばらく経つと実のある音楽を味わう喜びへと解放されていく。さすが世界のマイスキーというべきか。ともあれ、ライヴのコンサートならではの快感ともいうべき予想外の喜びに浸ることができた2時間だった。
 来日25周年記念をうたったコンサート。親子3人の共演による初の日本公演という看板は、肩の怪我を負ったサーシャの来演不能で下ろさざるを得なくなったわけだが、そのぶん今回の日本公演にかけたミッシャの強い思い入れが音楽をさらに情熱輝くものにしたのではないか。マイスキーの生を聴くのが初めての私の勝手な類推かもしれないが、娘の、というより1人のピアニストとして着実な成長を遂げているリリーの、父というより偉大なチェロ奏者にこまやかに寄り添う好演で、ときにスリリングな、全体に味わい深い出来映えのブラームス(第1部)とスペイン曲集(第2部)だった。
 ブラームスは全楽章が短調という、その意味では珍しい部類のチェロ・ソナタ第1番ホ短調(作品38)。濃いエーゲ海ブルーの長袖シルク・シャツで登場したミッシャはオープニングのバッハ(無伴奏チェロ組曲第1番ト長調BWV 1007)を弾き終え、いったん引っ込んだ僅かな合間に黒のシャツに着替えてリリーの真紅のドレスとコーディネートさせる気配り。この人はすべてに隙がない。最初は硬かったリリーだが、尻上がりに調子を上げた。直前の曲目変更ゆえにドラマティックな演奏を彼女に期待するのは酷だが、情熱の限りを尽くすミッシャの熱演を見事にバックアップした。マイスキーのバッハはレコードはおろか、恐らく日本でも何度か演奏しているはずの曲で、伸縮自在なフレーズ回しといい表情豊かな音色の使い分けといい、世界の名手にふさわしい情熱的なバッハだった。それより私には第2部が驚きだった。
 ミッシャとリリーのマイスキー親子が一糸乱れぬパッショネートな演奏を披露した第2部のスペイン曲集。『我が心のスペイン』のタイトルで発売したばかりのCDからだが、手放しで賞賛したい演奏だった。来日公演ではリリーとの共演は確か3度目だが、グラナドス、アルベニス、サラサーテ、ファリャなどのスペイン舞曲は、ラトヴィア生まれのミッシャとは体質的に合っていると聴いた。チェロが奏でるスペイン舞曲の、火花が激しく散るジプシー・ダンスを彷彿させる何というエクスタシー。彼のスペイン音楽への共鳴は、アルベニスの「タンゴ」や「コルドバ」、ラヴェルの「ハバネラ形式の小品」など多くの楽曲を自身の編曲で演奏していることにも見てとれる。リリーもここでは硬さもすっかりとれ、演奏のリズムと間(ま)を崩さない弾力性豊かな演奏を披瀝した。終わって誰1人席を立たない。25年前に較べて若返っているとの彼の自己評は決してまんざらではないと知った。アンコールはカサルスの「鳥の歌」。第2部の彼の真っ白なシャツが拍手の中で光って輝く。
 付記をひとつ。リリーの譜めくりを担当した若い日本女性のきびきびとして正確な手さばきに拍手を送りたい。リリーが演奏とリズムの間を崩さなかったのはひとえに、彼女のリズミックな仕事(譜めくり)ぶりゆえだったからではないか。こんなに安心して見ていられる譜めくりの人と出会ったのは初めて。
(2011年10月16日)   









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