#  368

ローマ・サンタ・チェチーリア管弦楽団/アントニオ・パッパーノ
2011年10月5日(水) @東京オペラシティ・コンサートホール
reported by 伏谷佳代(Kayo Fushiya)
Photos:
パッパーノ正面写真by R.Musacchio/F.Ianniello/EMI Classic
ベレゾフスキー写真by D.Crookes/Warner Classics
その他:Courtesy of KAJIMOTO

<出演>
ローマ・サンタ・チェチーリア管弦楽団
(orchestra dell’academia nazionale di Santa Cecilia)
指揮:アントニオ・パッパーノ(同楽団音楽監督)
ピアノ:ボリス・ベレゾフスキー

<プログラム>
プッチーニ:交響的前奏曲
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番ハ短調op.18
リムスキー=コルサコフ:交響組曲『シェヘラザード』op.35

*アンコール
ヴェルディ:『運命の力』序曲

後藤菜穂子によるプログラム冒頭のインタヴューで、音楽監督のアンドレア・パッパーノが「(兼任する)英国ロイヤルオペラの練習では、色彩感や雰囲気づくりに、サンタ・チェチーリアでは規律作りに力を入れている」と語っているのが微笑を誘う。それほど、この楽団のメンバーたちがステージ上へと現れたときの華やかさは、花に喩えれば向日葵のような、真っ向からの陽光がある。彼らにとって、感情表出はかくも自然に溢れ出るもので、人から指示されたり教え込まれるものではない。プログラム構成も秀逸である。どこまでも水平な波として伝播してゆく歌心が乗るのにもってこいの、否応なくロマンティックな旋律をもつ楽曲たちである。

恐るべき瞬発力、息を呑むほどの音の交錯の魔術-----ベレゾフスキー

サンタ・チェチーリアの持ち味である暖色のグラデーションをコンパクトに提示したプッチーニを経て、ラフマニノフへと突入する。ソリストはボリス・ベレゾフスキー。映画の挿入歌としても著名なこの曲は、甘美なロマンティシズムがつき纏うが、実はこの作品が完成するまでの行程は複雑で、精神を病んでいたラフマニノフが再生するために医師がすすめた心理療法としての作曲であったのである。夢見るような旋律の背後に潜む精神の葛藤やさまざまな感情の相克を描くのに、一見力で押すタイプのピアニストであるベレゾフスキーは、しかし結果として大変なハマリ役であった。なぜか。その恐るべき収斂力をもつ最速のテクニックによって初めて、魔性ともいえる豊富なニュアンスの残滓が濃厚に空間に立ち込めるのである。あっという間に目の前を過ぎてゆく情景は、捉えられぬからこそ一層の憧憬を掻き立てる。離れ技とも思えるほどの筋肉の瞬発力でもって編み出される音色は、極めて男性的な趣をもち、高音部では多少音は霞む。しかし第1楽章では、それを逆手に取ったような、低音部をじっくりと響かせるグルーヴで攻める。パッセージの骨格となる音のみが浮上しパーカッシヴに寄せてくる。メロディアスな部分は流れるような身体性のある動きを身上とするオーケストラに任せ、渾然となって太い1本の流れを造形してゆく。オーケストラの各パートもかなり自由な歌い込みを見せるが、求心力は抜群である。こうしたソリストとオケとの噛みの良さは、続くアダージョで全開となり、とりわけ木管パートの艶やかで豊麗な音色が、落ち窪みがちなニュアンスのピアノを支える。キャリア=人生を感じさせる、何と豊かな音であろう。ここでの「落ち窪む」という表現は否定的なものではなく、淡泊で抑制された、しかし確実な音の芯を伝える打鍵の連続は、「うたかた」と「夢幻」の隙間をぬうような内向性をやわらかに湛える。華やかな展開のフィナーレに至って、ベレゾフスキーのピアニズムは冴え渡り、鋼鉄のごとき垂直な穿ちから、雲を霞めるがごとき疾走まで、まさに息を呑むほどの音の交錯の魔術である。オーケストラは中音域が肉厚さを増し、多少前倒し気味に畳みかけてゆく弦の機転がうまくピアノの地鳴り感を煽りたてていたようにおもう。聴衆の熱狂はなかなか冷めやらず、アンコールはフィナーレを途中からふたたび演奏、それでも収まらぬ歓声に応えて〆めのトゥッティ3音を立ったまま弾く、という型破りなカーテンコールでその場を収めた。

音楽の昂揚に委ねるダイナミックな指揮、肉体を感じさせる暖かなサウンド

さて、もともとはコレぺティトゥーア(オペラの伴奏ピアニスト)であり、「指揮者になったのは偶然」と語るパッパーノ。そのバランスの取れた聴覚センス、天性ともいえる想像力と統率力が遺憾なく発揮されたのが『シェヘラザード』である。御存じ『千夜一夜物語』を題材とした名曲だが、パッパーノは音を意図的に揃えようとするのではなく、逆に限界まで各パートを自由に奏させることによって、自然発生的なグルーヴを引き出していたようだ。踊り出さんばかりのテンションや志気の持続は難しいものだが、音楽が昂揚すれば自然にまとまりと起爆力は増す-----そのことを確信しているダイナミックな指揮である。指揮者の動きに呼応しながらしなやかに上行・下降を繰り返すオーケストラは、視覚上も美しい流線形を成す。そこから透けて見えるのは、本番での自然なヒートアップを可能たらしめる、オフ・ステージも含めた普段からの団結の良さである。互いの尊重や人間的な血の通い合いを抜きにして、このような暖かなサウンドは生まれまい。4楽章すべてにソロ・ヴァイオリンが配されたこの曲において、コンサート・マスターであるカルロ・マリア・パラッツォリ(Carlo Maria Parazzoli)の秀演も見逃せない。繰り返し現れるメロディには毎回異なる表情が施され、音楽が次第に上行してゆくその礎となるような、全体の流れを引き締めるターニング・ポイントとしての役割を担う。言いかえれば、音の奔流が立ち還る基点であり、常に大きなリスクを伴っている。ソロの出方がまずければ曲全体が一気に針のむしろに晒されるわけであるが、パラッツォリは海風を受け止める帆の役割を見事に果たしていた。感覚の際を引っ掻くような高音の持続音から低音の肉厚な官能性まで、あたかもLP盤上を旋回する針の動きを見続けるようであった。

この日おもったのは、パッパーノとベレゾフスキーは似たタイプの音楽家なのではないかということだ。グルーヴを何よりも最優先とし、そこに技巧的な精密度や内面の翳りをもそっと忍びこませて、万華鏡のような幻惑の世界を出現させる。(*文中敬称略。10月12日記)   



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