#  369

ペーター・レーゼル/ベートーヴェン ピアノ協奏曲全曲ツィクルスU
2011年10月7日(金) @東京・紀尾井ホール
reported by 伏谷佳代(Kayo Fushiya)

<出演>
ペーター・レーゼル(ピアノ)
シュテファン・ザンデルリング(指揮)
紀尾井シンフォニエッタ東京(*ゲスト・コンサートマスター;ホセ・ブルーメンシャイン)

<プログラム>
ベートーヴェン:
ピアノ協奏曲第1番ハ長調op.15
ピアノ協奏曲第5番変ホ長調op.73「皇帝」

1945年、まさに第二次大戦の戦禍のただなかにドレスデンで生まれたペーター・レーゼル(Peter Roesel)は、戦後の東ドイツを代表するピアニストとして活躍してきた。しかし、東西ドイツが統一した1989年以降、西側の資本流入がもたらした音楽産業の構造変化のあおりを受け、レーゼルは国際的なピアニストとしての生活からしばし遠のいた。ふたたび再評価の兆しが出てきたのは90年代終盤からで、日本でも2007年の公演が熱狂でもって迎えられたのは記憶に新しい。紀尾井シンフォニエッタとは、2005年にドレスデンのゼンパー・オーパーで2日間にわたってベートーヴェンの協奏曲全曲を演奏して絶賛されたが (指揮は故・若杉弘とハルムート・ヘンヒェン)、今回は昨年度の来日に次いでのツィクルス第2回目。指揮者にシュテファン・ザンデルリング、ゲスト・コンサートマスターにケルン西南ドイツ放送交響楽団よりホセ・ブルーメンシャインを迎え、万全を期しての開催である。

徹底した早期教育の血肉化、その生き字引的熟成

ドイツ・ピアニズムの継承者-----レーゼルについてよく言われる形容である。何よりもまず感嘆せずにおれないのが、そうした民族の特色別のピアニズムより先立つ、幼少期における徹底した「基礎演習」の確かさ、その円熟の在りようである。それは旧東独であれ旧ソ連であれ、殊に芸術を成り立たせるための技巧の習得という面においては、国家戦略であったとはいえ、そのメソッドが傑出していたと認めざるを得ない。プログラムでも触れられている通り、ピアノ協奏曲全曲演奏にあたっては「ベートーヴェンの、音楽と作曲技術の著しい成長を認識することが重要」とレーゼルは述べる。作曲時期が1798年(第1番)と1809年(第5番)と10年にわたる作曲家の歩みをしかと踏まえて表現すること-----それはまさしく、過度な感情の使い分けに拠らず、十全な独立性と応用力を達成している10指によって理知的に再現されて然るべきなのである。楽譜を生真面目に深層まで分析することは、確かにドイツ的な精神性の一形態ではあろうが、それを演奏という形で達成するにはかなりのレヴェルまで肉体的・論理的な諸条件に規定される-----レーゼルが然るべき時期に身につけたピアニスティックな技巧のレヴェルは、そう思わせるほど他の追随を許さない。

衒いなく決まるパッセージの数々

フレッシュで古典的な様式美に溢れた第1番では、とにかく音の揃いが美しい。ローラで均したかのように均整の取れたなめらかさである。どんな細かなパッセージにも、音間に風穴があり清冽さが吹き抜ける。とりわけ印象的だったのが緩徐楽章における装飾音で、絢爛とした音色美で見せ場を作るピアニストが多いなか、あくまで指自体の軽やかな回転、その運動性で魅せるところがさすがである。真のキャリアは意識せずとも自ずと行間から滲む----その事実を目の当たりにする。また、この曲では小編成オーケストラの良さが存分に活かされていたといえる。一般的にオーケストラは大所帯になればなるほど管パートの粗が目立ちやすいものだが、紀尾井シンフォニエッタは精鋭部隊だけあり、とくにクラリネット二氏の充実ぶりは曲全体を通しての鍵となっていたといえよう。弱音の部分での弦楽パートとピアノの受け渡しも、(喩えは変だが)綾取りを見るような親密さに溢れている。フィナーレに進むにつれて、オーソドックスなピアノのパセージの悉(ことごと)くが、何の衒(てら)いもなしにびしっと決まってゆくのにはシンプルな感動を覚える。完璧な競技を観るときに催す歓喜の情にも近い。


あくまで装いを崩さぬなかでのリリシズムの躍動

さて、「皇帝」である。威風堂々とした名曲にあっても、演技じみた誇示とは無縁なのがレーゼルである。ここでは打鍵の質をよりエラスティックな、筋肉の伸縮を最大限に活用したものへと変化させている。響きはどちらかというと垂直なものではあるが、キメとなる音へ至る際の速度がタイトそのもので、思考の入る余地はない。長年のキャリアによって培われた筋肉のコントロール力は、響きのポイントを的確に突いて骨頂を成す。オーケストラの一糸乱れぬ決然としたうねりと呼応するように、ピアノの音の肌理にもツヤが増してくるが、意気軒昂した感じはあまりせず、外皮を崩さず抑制のなかでリリシズムを際立たせるものである。この曲での装飾音は、第1番のそれと比して隙のない色彩の横溢感があり、フィナーレにおけるパリッと糊の効いた高音部など、指さばきの豊富なヴァリエーションもまざまざと見せつけられた。とりわけ、指が同じ運動量を保ちながら音量の増減を自由におこなう辺りは見事であった。金管や低音弦、パーカッションも、それぞれの楽器の特性を活かし切った豊かな歌い込みを聴かせていたし、堅実でありつつも物語としての躍動を失わないザンデルリングの指揮も充実していた。(*文中敬称略。10月11日記)



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