#  371

新国立劇場2011/2012シーズン開幕公演
[新制作]
ヴェルディ『イル・トロヴァトーレ』
2011年10月12日(水) @新国立劇場
reported by 佐伯ふみ
Photos by 三枝近志

指揮:ピエトロ・リッツォ
演出:ウルリッヒ・ペータース
合唱:新国立劇場合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

【キャスト】
レオノーラ:タマール・イヴェーリ
マンリーコ:ヴァルテル・フラッカーロ
ルーナ伯爵:ヴィットリオ・ヴィテッリ
アズチェーナ:アンドレア・ウルブリッヒ

2011/2012シーズン開幕公演である。残念なことに、当初のキャストであったゲオルグ・ガグニーゼ(ルーナ伯爵)が震災後の余震への懸念から来日をキャンセルし、新国立劇場初登場のヴィテッリに交代。さらにレオノーラ役のタケシャ・メシェ・キザールが、来日して稽古に加わったものの体調不良で出演を断念。以前『オテロ』のデズデモーナを演じたイヴェーリが急遽来日、急場を救った。
やむをえない事情とはいえ、制作スタッフとしては開幕まで困難の連続、悔しいオープニングであったろう。しかし交代したヴィテッリとイヴェールはいずれも安定感のある演技と、艶のある凛とした美声で、筆者にとっては、今回の公演でもっとも印象に残る歌手となった。もちろん、マンリーコ役のフラッカーロの、すかんと伸びるテノールも得がたいものだったし、拍手喝采の最も多かったアズチェーナ役ウルブリッヒも熱演。存在感があった。
加えて11日公演では珍事とも言うべき事態が発生。衛兵隊長フェルランド役の妻屋秀和が健康上の理由で「歌唱なしでの出演」となり、舞台下手でカヴァーの小野和彦がスーツ姿で歌った。開幕直前の、よほどの決断だったのだろうが、こうした光景は初めて。違和感は当然あったが、よく響く小野の声に救われて、終盤では気にならなくなった。

指揮者・演出家はいずれも新国立劇場初登場。リッツォの指揮は慣れた手さばきで安心感があったが、特にマンリーコのゆっくりしたアリアで、ことさらたっぷりと歌わせようとしたのか、歌手とオケのあいだに齟齬を生じたところがあった。このテンポ設定は歌手の要望なのか、指揮者のリクエストなのか。歌手はいいとして、オケが合わせきれずにばらけ、間延びした印象を与えたところがあった。

演出のペータースは、第1部でレオノーラが吟遊詩人の声を聞きつけて暗闇の庭園に飛び出していくところなど、照明と装置を上手く使って印象的なシーンを創出していた。別売のプログラムに掲載されたプロダクション・ノートではペータースがみずから演出意図を語っているが、擬人化された「死」は、この荒唐無稽な筋書きに1つの一貫した視点を与えたという点で成功していたと思う。

役者(古賀豊)演じる「死」が、第2部最後の兵士たちの殺し合いの場面で、突然、猛々しい動きで格子を昇って殺戮の場を見下ろすシーン。その禍々しさには慄然とした。第1部からずっと闇に溶け込むように舞台上に居た彼が「死」の象徴であることは、ここで明確となった(さすが役者、いざというときの身体の動き、存在感が違うと感心)。第3部、全編で最も(唯一の)幸福な場面であるはずのマンリーコとレオノーラの愛の語らい(オルガンが響く)。「死」がさしだす花束を何気なく受け取ったレオノーラが、突然、息をのむように花束を取り落とす。彼女はこの結婚が決して幸福なものではなく、それがおそらく死という結末を迎えることをここで悟ってしまう。印象深い暗示である。
第4部、捕らわれたマンリーコを救おうと、レオノーラが〈この世で私のものより強い愛が〉を歌うシーン。愛ゆえの勇気と死の恐怖とのあいだで揺れ動き失神しそうになるレオノーラに「死」が不気味に寄り添い、ダンスの仕草をする。文字通り「死の舞踏」である。いずれも演出が光を放った場面であった。

全編を通じて改めて感動したのが、新国立劇場合唱団のパワフルな声と確かな技術(合唱指揮:三澤洋史)。プログラムに堀内修氏がいみじくも指摘しているように、そして演出のペータースも述べているように、《イル・トロヴァトーレ》の最大の魅力は登場人物の激情(感情の噴出)と、それに火をつけ煽り立てずにはおかない合唱の力である。それを具現化し、余すところなくヴェルディ歌劇の魅力を見せつけたのは、まぎれもなくこの合唱団の力であったと思う。

いつもながら高水準の舞台、さまざまな才能を見せてくれる意義深い上演であった。さまざまなハプニングもあり、集客には苦労した様子だったが、もっと多くのオペラ・ファンに観てほしい、意欲的なプロダクションであったと思う。



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