#  375

東京都交響楽団「作曲家の肖像」シリーズVol.84≪レスピーギ≫
2011年10月29日(土) @東京オペラシティ・コンサートホール
reported by 伏谷佳代 (Kayo Fushiya)
Photos by 林 喜代種(Kiyotane Hayashi)

指揮:ロッセン・ゲルコフ (Rossen Gerkov)
ピアノ:野原みどり (Midori Nohara)
管弦楽:東京都交響楽団
(コンサート・ミストレス:四方恭子)

≪プログラム≫
レスピーギ:「ベルファゴール」序曲
交響詩「ローマの噴水」
<休憩>
トッカータ〜ピアノと管弦楽のための
交響詩「ローマの松」

ダイナミックなアクションと繊細で共時的な音の把握能力----ゲルコフ

フレッシュな才能、血気盛んな指揮者である。この日のオール・レスピーギ・プログラムを振ったのは、ブルガリア生まれのロッセン・ゲルコフ(Rossen Gerkov)。1980年生まれというから、弱冠30歳である。何よりも勢いがあり、すべて暗譜で通す。プログラムによれば、まずはピアニストとしてキャリアをスタートさせ国際コンクールでも優勝、1996年に指揮に転向し、小澤征爾のアシスタントとして長く活躍。2009年までウィーン・トーンキュンストラー管弦楽団のアシスタント・コンダクターを務めた後は、欧州と日本のオーケストラを振り歩いているようである。師匠譲りともいえるダイナミックなアクションと、自身がピアニストであることから来る共時的な細部の把握能力が結託した、なかなかに迫力ある展開を見せていた。また、高音や金管、パーカッションが華やかな盛り上がりをもつレスピーギも、ゲルコフの音楽性に合致したものであっただろう。

「ベルファゴール」では、毎度のことながらヴァイオリンの精度の高さが功を奏す。持続音がその瑞々しさを充溢させたまま、音程が上昇してゆくあたりの乱れなき迫力はさすがである。異様な音数の多さから1本のメロディを浸出させてゆくこうした曲の場合、指揮者の舵取りのセンスが否応もなく現れるものである。ゲルコフの、すべての音を同時に作動させてゆこうという意識-----細分化されながらも俯瞰的な意識-----、そうしたバランスの良い和声感覚がこの時点で示唆されていたといえよう。続く「ローマの噴水」においても、4楽章のコントラストはくっきりと描かれる。楽器ごとのニュアンスを尊重しつつ細かく色分けすることで、ナチュラルな情景の素地を創り上げる。とりわけ、第2部「朝のトリトーネの噴水」でのファンタジー性溢れるハープ、第3部「昼のトレヴィの噴水」におけるパーカッションの時機を得た巧妙な侵入、大海原のごときサウンドの横糸を織り上げるヴァイオリンなど、中心が拡散され周縁が満たされることで豊かな抒情性を湛えることに成功している。サウンドが盛り上がる時ではなく、引き際の窪みをいかに詩的に謳い上げるか-----情景が遠のいてゆくのをどのように描くか---、これはオーケストラの成熟がなければ、指揮者の意気込みだけではどうにもならぬ点である。

敏捷なるタイム感覚、一瞬がもつ音宇宙の広がりの豊かさ-----野原みどり

後半は野原みどりをソリストに迎えての「トッカータ」。野原みどりのピアニズムにまず顕著なのが、その卓越したタイム感覚である。リズム感ともまた違う、呼吸に基づいた身体能力とでも言おうか。微に入り細に入りオーケストラとかっちりと絡む。かなりの耳の良さと高い集中力を感じさせる。場合によっては生真面目すぎる印象を生むこともあるかも知れないが、少なくとも「トッカータ」のような、バス音をピアノが兼ねるところもある曲においては効果的である。力強い打鍵も、驚くほど脱力の効いた無理のないフォームで展開される。音色は浸透力に富み、ダイナミックでありつつも軟らかく、渋い翳りもある。従って、オーケストラのなかに埋没する瞬間がなきにしもあらずだが、音質に独特の雅な品格があり、聴き手のほうが逃すまい、と耳をそばだててしまう。第1部での夢見るような装飾音に始まり、チェロと対話を繰り広げるあたりは陰影に富んだニュアンスで、まことに風情がある。第2部でも、静謐のなかにぽっかりと浮かび上がるかのようなピアノ・ソロの入りが美しい。ソロへ至る直前の静けさへの配慮などに、年齢を超えた指揮者の貫録や音楽性が見てとれる(こうした発見は嬉しいものだ)。第2部後半から第3部へ至る過程のピアノの変遷が見事である。静かに和声を奏でていたのが、パーカッシヴなドライヴ感を増してゆくさまは、あたかもサナギが蝶になるかのごときメタモルフォーゼの妙を味わわせてくれる。ピアノの小気味良い跳躍力のコントラストとして機能している、オーボエとチェロの息の長さ、その描写力に溢れたメロディを忘れてはなるまい。それまで分かち難く交錯していたピアノとオーケストラが平等な均衡を保ちつつリズミックに展開する第3部は、野原の「完全に平等なタイム感覚をもつ2手」を堪能するのにうってつけである。指回りの良いピアニストはいくらでもいるが、右と左が寸分の狂いもない敏捷な同時性を実現するピアニストは稀である(ひとつの手首から指10本が生えている感覚、をイメージされたい)。

メロディの周縁でこそ浮き彫りになるオーケストラの音楽性

〆めは「ローマの松」である。ローマ三部作のなかの第2作で、4本の松が観てきたローマの歴史を描いたもの。第2部でトランペットの舞台裏演奏(教会旋法)、第3部では録音した夜鶯の声の登場、第4部では別働隊のトランペットとトロンボーンの配置、といった具合に曲を追うにつれて仕掛けが派手になってくる楽曲は、多様な音体験という意味で当時は相当に先鋭的であったに違いない。現代でいう「ノイズ」の先取りではないか。果たして、「音の距離感」をどうゲルコフが調理するかが見ものであった。「ローマの噴水」同様、楽章ごとのコントラストを明確に施しつつも、各フレーズの動きは別個の生のごとき小回りの良さである。各所のポリフォニックな残響を重視した振りによるピアニシモ部分(第3部など)は、映画音楽のような趣を醸しつつ、うまく全体の凪として作用させる。楽器の材質的な特性はそのまま音楽のニュアンスづけに持ち込まれ、低音弦のごわついた摩擦が生み出す荒涼、金管の絞り切られたピッチなど、それぞれが有機的に影響しあうさまは、メロディを巧妙に浮き上がらせるため、非メロディ部隊が同時に突き付けられる高い音楽性を雄弁に語る。フィナーレで、2階席後方の左右に金管の別働隊が配されたときは、音が前後から降り注ぐ音浴状態はエキサイティングこの上なく、アコースティックの醍醐味を体感したが(後ろを振り向きつつ指揮するゲルコフの姿にも、志気は否が応にも高まる)、それだからこそ挿入された夜鶯の声が少々人工的すぎたような気がしてならない。他の音と断絶されてこそのノイズ効果ではあるのだが、不用に諧謔のニュアンスを帯びてしまう。この部分におけるレスピーギの意図はどのようなものであったのだろうか。(*文中敬称略。11月4日記)









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