#  377

東京文化会館50周年記念オープニング・コンサート
2011年11月1日(火) @東京文化会館大ホール
reported by 多田雅範
撮影:青柳聡
提供:東京文化会館

主催者挨拶・記念映像の上映(15分程度)
西村 朗:管弦楽のための礼楽【委嘱新作・世界初演】
ベートーヴェン:交響曲第9番 二短調 Op.125「合唱つき」

指 揮:大友直人
独 唱:森 麻季(ソプラノ)
     林美智子(アルト)
     福井 敬(テノール)
     甲斐栄次郎(バリトン)
合 唱:新国立劇場合唱団/日本オペラ協会合唱団(合唱指揮:三澤洋史)
管弦楽:東京都交響楽団

「寿ぎのコンサート、311以降の現在の影」

言いだしっぺは藤山愛一郎、1952年当時は東京商工会議所会頭、のちの外務大臣。「コンサートホールの建設に関する意見書」。それまでは日比谷公会堂しかなかったのだな。1960年日比谷公会堂で浅沼稲次郎暗殺事件が起きている(こんなことは書かないほうがいいのかな)。1961年に、東京文化会館が完成。1956年に建設決定がなされ一気に実現に向かったのは、太田道灌が江戸城築城に取り掛かった1456年からの500年記念事業として予算が通った時だったという。

上野のシンボル、東京文化会館。上野駅の公演口を出て、横断歩道をわたって目の前。動物園に行くにも、博物館に行くにも、美術館に行くにも、芸大に行くにも前を通る東京文化会館の風格は、ル・コルビジェ直系のモダン建築、前川國男の堂々としたデザイン、わたしには栄光の昭和を感じさせる、都民にとって文化の灯台を思わせるものだろう。

50周年記念記念フェスティバル。目玉は黛敏郎のオペラ『古事記』、聴き逃せない快挙である。今日は、オープニングコンサートを聴いた。

女性司会者が出てくる。東京都副知事のごあいさつ。東京文化会館の50年を振り返る映像の上映。そして音楽のほうは、現代日本作曲家の横綱・西村朗の委嘱新作。そして、「寿ぎ」の定石、第九。指揮は東京文化会館音楽監督・大友直人。

西村朗「管弦楽のための礼楽」、ベース奏者たちがピチカートを叩くタイミングに耳がはっとさせられる。寿ぎの儀式であることが告げられたのだ、狙いは見事だ。そうひと聴きでは解法が思いつかないようなパッセージが沸き立って踊りまわる。そんな簡単にはつかまらないよ、と、言っているようにわたしの耳には届いた。スコアが語っている以上のデモーニッシュな瞬間は・・・、意図されなかったどうか、申し分のない横綱相撲のように音楽は着地した。

わたしが手をグーにしてしまったのは第九の、ソリスト、バリトンの甲斐栄次郎が力強く声を響かせたときだ。待ちに待った第九のハイライト・シーン、と言う、その待ちはどうなの、その聴き方はどうなの、とは、思うが、コンサート・ホールの空気を一変させるような現れ方だった。持てる力量を、この第九の定型に添いながら、見事に抑揚やごくわずかなタイミングのありように編み込ませている。もちろん、揃いも揃った日本を代表するソリスト4人に力量の不足はないのだし、甲斐栄次郎ひとりが突出したと、第九で言うのはフェアではないかもしれない。でも、胸を鷲掴みにされたのだ。

一瞬にしてその演奏家の力量を読み切ることができる、ことは、ある。バリトンの甲斐栄次郎のリサイタルを待機リストに加えなければならない。

知人の刀屋が、ある日来て、こんな話をした。刀は、御存知のように、扱いが面倒なものだ。従って、こういう事になるそうだ。客が刀を取って、中身を見る。その手附きで、この人は、どの程度に刀が見えているか、実にはっきり解って了うと言う。成る程そういうものだろう、と私が言うと、彼は淡々とした口調でこう言った。「はい。お手元さえ拝見すれば、もう何をおっしゃったって、駄目でございます。」(小林秀雄)

開演前の雰囲気は、コンサート前の期待や不安の交差したざわめきではなく、髪をセットして礼服を着たご婦人や、やけに黒色の濃いスーツの殿方たちが多いもので、卒業式式典の前のようであった。記念ロゴマークがステージで日の丸の位置、なぜ客船がデザインされたのだろうと数分間の勘違い。そして、式典の映像やご挨拶に聞こえた言葉が定型そのものに過ぎないことにわたしは物足りなさを覚えた。わたしも少なからず東京文化会館に音楽を聴きはじめた中学生のように耳をぴかぴかにさせて通った日々はあった。あの夕暮れ、夏の暑い日、手がかじかむ冬、ロビーに集う関係者やファンたちの営み。・・・もう少し、言葉が欲しかった。

東京文化会館のフリーペーパー『音脈』45号で、西村朗が片山杜秀のインタビューに応えて、小学校5年生で作曲を志した西村少年の放送で接する東京文化会館への憧れ、現代音楽のメッカとしての小ホールへの想いを語られる箇所がある。わたしはここを読んでいるときに、実は一番感動した。憧れや夢を語る当事者の言葉はかけがえがない。そういったものが、このフリーペーパーや、記念出版物『響き合う感動・音楽の殿堂・東京文化会館ものがたり』(東京新聞\1524+税)でしか感得できなかった。『ものがたり』にあった吉田秀和のテキストの肉声テープでもあれば良かったのに・・・。そう、この肉声の不在、は、やはり書いておきたい。

この50周年記念事業は、じつに完璧な布陣を擁している。黛敏郎のオペラ『古事記』が聴ける、とは、音楽ファンにとって今年最大のイベントである。311の震災を体験したこの国に、いま最も聴かれるべきは三善晃の『レクイエム』であり、合唱とオーケストラの三部作であることは、わたしだけの直感に過ぎないことであろうか。311以前に立案されたこの記念事業に、やはり現在は深く影を落としていると思うのだ。さて、『古事記』はどのように立ち現れることだろう。









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