#  381

アナスタシア・チェボタリョーワ ヴァイオリン・リサイタル
2011年11月9日(水) @東京・浜離宮朝日ホール
Reported by 伏谷佳代(Kayo Fushiya)
Photos by 林 喜代種(Kiyotane Hayashi)

アナスタシア・チェボタリョーワ(vn)
原田英代(pf)

≪プログラム≫
オール・ロシア・プログラム
チャイコフスキー
  憂鬱なセレナードop.26
  なつかしい土地の思い出op.42
  2. スケルツォハ短調
  1. 瞑想曲ニ短調
  3. メロディ変ホ長調
  ワルツ・スケルツォop.34
<休憩>
チャイコフスキー
  バレエ音楽「くるみ割り人形」より
  行進曲〜金平糖の踊り〜花のワルツ
ロシア民謡
  あなたに会ったことがある(arr. 丸山貴行/相原一智)
  ポーリシュカ・ポーレ(arr. 丸山貴行/秋場敬浩)
  二つのギター(arr. 丸山貴行/相原一智)
  黒い瞳(arr. 丸山貴行/秋場敬浩)

*アンコール
チャイコフスキー「くるみ割り人形」より、「トレバーク」
リムスキー=コルサコフ「熊蜂の飛行」

あたかも一枚の絵のように、美貌のヴァイオリニストと名曲の数々との取り合わせである。フライヤもプログラムも非常に絵になる仕上がりではあるのだが、予め決められたストーリーをアナスタシア(そう、”Midori” や “ナージャ”とともに、ファースト・ネームのみで通用するヴァイオリニストであるという)が演じている、というかこなしている印象を持ってしまう。アナスタシア・チェボタリョーワは、ウクライナのオデッサ出身。アブラハム・ヤンポリスキー(レオニード・コーガンの師)〜ユーリ・ヤンケレヴィチ(弟子にヴィクトル・トレチャコフらを輩出)〜イリーナ・ボロチコワに連なる、モスクワ音楽院ヴァイオリン科エリート集団の系譜で、数々の受賞歴がある。その中でも1994年のチャイコフスキー国際コンクール最高位、が最も知られ、語られているところだ。2004年にはロシア連邦功労芸術家の称号を授与されており、ロシア音楽を広く世界に知らしめる親善大使的な意味でも、今回のようなパターンの録音や演奏が多いのかもしれない。しかし、これだけのキャリアならばもっと骨のあるプログラムを聴いてみたい、とクラシック音楽ファンならば思うのではないだろうか。「はじめに曲ありき」ではなく「チェボタリョーワありき」の演奏を-----。


行間から個性が浮き立つ名曲プログラム

一方で、曲が名曲ばかりであったからこそ、奏者の手くせ、というか奏法の最も個性的な美点が顕わになったということもできる。冒頭のセレナーデでは、楽器と奏者との間に一抹の隙間があり、空気を音の核心へと忍びこませ馴染ませてゆくその行程に独特の世界観 がある。それはとりわけレガートにおいて効を奏し、心もちずれ気味のピッチに、「擦る」ことによる空気が介在しては音が連結されてゆくとき、えもいわれぬ土臭さが生まれてくる。これはチェボタリョーワの血に擦り込まれた個性であるのか、ロシア音楽に特有の土着性であるのか、その両方なのか。高音部での開放的な音の伸びもとてもよい。

つづく「懐かしき土地の思い出」では(※曲順を一部変えての演奏はツアー中一貫していたようだ)、中音域に重点を移し、安定した軽やかなボーイングを堪能できた。掠れから入っては、玉(ぎょく)のよう艶やかに高音まで、余裕を感じさせるダイナミック・レンジである。ここではピアノの原田英代の個性が鮮やかに浮き上がる瞬間があった。2曲目に奏された「瞑想曲」では、さすがシューベルト弾きとして定評のある原田だけあって、隣接する音同士が融和した拍子感の揺らぎ、コード進行のなかに朴訥に抒情を切り込んでゆくあたりに熟達とセンスが感じられる。この美質はプログラム後半の「くるみ割り人形」1曲目「行進曲」でも如実であった。哀愁から歓喜までの広範なる感情が織りを成してはスプラッシュのように瞬くさまに、ヴァイオリンの影が薄く感じたほどである。しかし、音は美しいのだが、「うた」と「リズム」が両立せずに幾分モタる瞬間がなきにしもあらずだった。例えば、プログラム前半の「ワルツ・スケルツォ」、ヴァイオリンが重音を弾き込む箇所にピアノもがっちりと歩みを合わせたとき、音楽は安定するが一瞬静止してしまう。

この日の白眉はやはり最後のロシア民謡曲集であろう。メロディ自体が哀切で否応なく美しいということもあるが、自国の人間にしか出せぬような「こぶし廻り」の良さが、ストレートかつ骨太にチェボタリョーワのヴァイオリンから浮き立っていたからである。とりわけ、「ポーリシュカ・ポーレ」は曲が湛えるメランコリーや調性に、チェボタリョーワの音も原田の音もその性質が合致していたのだろう、極めて自然なインタープレイを見せていた。なめらかでありながら、キレと跳ねのある音の奔流である。マンドリンを彷彿とさせる、コーティングされたような硬質な音をヴァイオリンで爪弾いた「二つのギター」、華やかな原田のグリッサンドが静と動の見事なコントラストを生んでいた「黒い瞳」も楽しいものであった。民謡の泥臭さを損なわずにクラシカルな要素を取り入れた編曲も、程よいまとまりを生んでいたといえる。

アナスタシア・チェボタリョーワがイヴリー・ギトリス並に円熟したときに、こうした名曲だけで固めた、かつ貫禄と滋味に満ち溢れた「アナスタシア」も聴いてみたいものだ、とふと頭をかすめた(*文中敬称略)。









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