#  382

チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団/デイヴィッド・ジンマン/ヨーヨー・マ
2011年11月14日(月) @東京・サントリーホール
Reported by 伏谷佳代(Kayo Fushiya)
Photos by 林 喜代種(Kiyotane Hayashi)

チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団(Tonhalle Orchestra Zurich)
デイヴィッド・ジンマン(David Zinman; conductor)
ヨーヨー・マ(Yo-Yo Ma; cello)

ショスタコーヴィッチ チェロ協奏曲第1番変ホ長調op.107
*カザルス 鳥の歌(ヨーヨー・マによるアンコール・ソロ)
<休憩>
マーラー 交響曲第5番嬰ハ短調

スイスの名門、トーンハレ管弦楽団と名匠・デイヴィッド・ジンマンのコンビが2006年に続いて再来日を果たした。今回もソリストはヨーヨー・マという豪華版である。


聴き手を試す、勝負師ジンマン

ショスタコーヴィッチのチェロ協奏曲から広大なマーラーのシンフォニーに至るまで、オーケストラは派手な挙動とは無縁の、終止精密にコントロールされた響きを維持していた。果たして、怒涛のようなフォルティッシモの場面はあったのだろうか?と終演後に振り返ってしまうほど、迫力は静謐のうちにひた隠されていたといえるだろう。これは、職人技と評されることの多いジンマンの意図が隅々にまで行き渡っていた証であろうが、多分に玄人受けするプレイであり、オーケストラに固有の起爆力を押し殺していると感じられた場面もなきにしもあらずではあった。言ってみれば大人しすぎた、という感想だが、聴き手によってはガラリと違う感慨をもつかもしれない。


陰から陽への大局的な突き抜け感-----ヨーヨー・マ

まず、ヨーヨー・マの登場である。クラシックの演奏家の枠を超えた世界的著名人でもある彼は、やはり一級のステージマナーを有す。堅苦しさはまるでない。終演後はフレンドリーに笑みを湛えては手を振りつつ、ステージに駆け出して何度もカーテンコールに応える。演奏中の途轍もない琴線の高さとのギャップが、またスターらしい所以だ。その音楽は、すべてがまろやかに知性のオブラートがかけられ、楽器のテクスチュアを慈しむようにあらゆる側面が周到に鳴らされる。ヨーヨー・マの手にかかれば、チェロという楽器はあたかも生きもののように息吹き始める。奏者と楽器との活き活きとしたダイアローグを見ているかのようだ。コミュニケーションの良さで魅せるという点に意識は徹底しており、音量はソロといってもとりたてて大きくなることはない。だからといってパッションや表情に乏しいということではなく、一見内に籠った低温やけど的な(?) 浸透感があるのが特徴か。成熟したアプローチであり、そもそも場数が違う。音色が明るく謳い出すところでも、その明るさは怖しいほどの遊戯性に満ちており、陰から陽への突き抜け方には茫洋たるスケールの大きさが横切る。必ずしも大音量は必要ないのである。ジンマンによるソロイストの尊重にも配慮が行き届いており、とりわけオーケストラの弦パートはセリフに対する「書き割り」のごとく、背景的・説明的な役割に徹した明彩を見せる。第2楽章での匂い立つような弦の入り、チェロの引き際から延長線上に派生する幽玄なるピアニッシモなど、音量がゼロに近づけば近づくほど、アンサンブルの引き渡しの美しさが強調される。楽章が進み、独奏チェロの技巧的なハイライトが増えるほどに、効果的に脇に徹するアプローチを見せる。チェロがヒステリックなテンションを張るところでは、オーケストラは大局的に構え、重音が縒れたように四方へ広がる箇所では、それを引き立てる巧妙な余白を創る。ヨーロッパの名門オケの面目躍如といったところか。ジンマンの場面の切り替え能力と見通しの良さには、ヨーヨー・マがこの指揮者に全幅の信頼を置いているという事実に頷けるものがある。


革新的な舵取りと、オーケストラとマーラーと・・・

このように綿密なるパースで設計された、後半のマーラーはどうであったか。マーラーのように隅々まで指定の多い作曲家の大曲では、指揮者の個性も露わになるものと思われるが、ジンマンの場合はあまりにもすいすいと進んでゆくので少々肩すかしを食う人もいるかも知れない。裏返せば、それはジンマンが作品を自家薬籠中のものとし、きわめて理知的な音楽展開をしているということにもなるのであるが・・・。
第1楽章でトランペットによるファンファーレが鳴り響いた瞬間に、その爽快なる音のシンメトリーはあたかも曲全体、ひいてはオーケストラ全体の身上のように聴き手の印象に刻みつけられる-----端整で小気味よく、秩序のなかにアコースティックな暖かみを包みこむ音楽。とりわけ弦楽パートの質感も上品な暖色の温もりは、第4楽章のアダージェットなどでは夢幻ともいえる滲みを醸し出す。それに比して、大胆というか悪く言えば不自然に感じられたのが第3楽章スケルツォにおけるホルン・ソロで、指揮者の真横に陣取っての演奏である。これは作者の意図を一歩進めた、ソロと地の部分にくっきりと線を引くジンマンならではの異化的演出なのかもしれないが、結果的に音としてのメリハリを生んでいたかどうかは定かではない。堅牢な構築性は終始保たれてはいたが、今一歩踏み込んだドライヴ感や感情の咆哮が欲しかった。マーラーなのであるから。オーケストラの地のままの音の良さを引き出すことには成功しても、理性が勝りすぎれば結果として曲の長さばかりが目立ってしまうのではないか、と思ったり。時代を凌駕してゆくには実際の音の効果よりも解釈の革新性が重要なのか、とマーラーというダイナミックな個性に思いを巡らせたり。この作曲家が弾き手にも聴き手にも要する成熟とは、やはり一筋縄ではいかないものだ、と痛感した次第である(*文中敬称略)。









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