#  385-A

東京文化会館50周年記念フェスティバル記念オペラ/古事記
2011年11月23日 @東京文化会館大ホール
Reported by 丘山万里子
Photos by 林 喜代種

指揮:大友直人
演奏:東京都交響楽団
歌手:甲斐栄次郎(イザナギ)福原寿美枝(イザナミ)高橋淳(スサノオ)浜田理恵(アマテラス)妻屋秀和(オモカイネ)久保田真澄(アシナヅチ)天羽明恵(クシナダ)観世銕之丞(語り部)その他
合唱:新国立劇場合唱団 日本オペラ協会合唱団
演出:岩田達宗

 黛敏郎がリンツ州立歌劇場の委嘱を受けて書いた作品で、1996年にリンツで初演されたオペラである。このときすでに病に冒されていた黛は、翌年春に逝去し、このオペラは彼が完成した最後の作品となった。
 神話とは世界のどこにでも、ある種の共通性があり、たとえばイザナギが火の神を生んで死んだイザナミの後を追いかけ冥界に降り、もう少しで取り返せるところで振り返ってしまうエピソードは「オルフェウス」神話と共通するし、八岐大蛇を退治するシーンは、モーツアルトの「魔笛」や、ワーグナーの「ジークフリート」にそっくりだし、ということで、剽窃と見なされることを懸念し、このオペラの冒頭と終景に登場する語り部の役割を拡大するようリンツ側に要求され、リンツでの上演はそれに沿ったものとなった。今回の原作完全版(ドイツ語)でのオペラ上演は日本初演となる。
 久々に日本人の優れたオペラを観た。オーケストラと歌唱(合唱も含む)が、見事に組み合わされ、少しの弛緩もない。
 冒頭、打楽器の一打から、うねうねとくねるオケの動きとともに、語り部が登場する。バックスクリーンに映し出されるのは現代のビル群である。演出家はここで、古代と現代とを一気につなぐ意図を示そうとしたようだが、正直、その必要性はないのでは、とこのオペラ全体を観終わると違和感が残った。が、気になったのはその点と、スサノオに退治される八岐大蛇を背景の赤白の抽象的な文様スクリーンで見せて、今ひとつ迫力がなかった所くらいで、ステージは回り舞台を効果的に使い、シンプルこの上ない。闇のなか、美しく動く星明かりから、合唱が姿を現す。全編を通じ、この合唱が実に的確な動きを見せる。ほとんど合唱のオペラと言ってもよいくらい。その中で、ソリストたちが燦然と声を放つ。
 第一幕イザナギとイザナミの愛の営みの中で生まれる神々は、様々な色の布で象徴される。この布の扱いはカラフルで随所に現れ、目に鮮やかだ。妻を失ったイザナミは、単独で太陽の神アマテラスと月の神ツキヨミ、乱暴もののスサノオを生み出す。以降このオペラはスサノオとアマテラスを中心に動き出す。この二人の声が抜群だ。オケを従え、ピカリピカリと輝かしくホールに行き渡り、一点の曇りもない。第二幕、乱暴狼藉を繰り返すスサノオがアマテラスを天の岩戸から誘い出す舞踏も、合唱団による手拍子が新鮮である。
 一向に乱暴を改めないスサノオに怒ったアマテラスは彼を天界から追放する。第三幕、天界を追われたスサノオは出雲の国で美しい娘クシナダ(天つ神)と出会い、彼女を供物として飲み込もうとする八岐大蛇をその剣でやっつける。ここでは、合唱とオケとの強烈な音響が響き立つ。もっとも、この八岐大蛇が抽象的なスクリーンで済まされ、盛り上がりに欠けたのは、前述のとおり。めでたく彼女と結ばれたスサノオは心を改め、平和を望む。第四幕とエピローグは、高天原で神々が戦争を始めようとするところにスサノオの使者が現れ、彼とアマテラスとの和解を伝え、地上の世界に安穏が訪れ、金片が空から舞い落ちるにぎにぎしい天孫降臨ののち、最後に再び語り部が「こうして我等の国は始まった」と告げるのである。オケは静寂のうちに、消えてゆく。
 何より印象的だったのは、オケが決して出しゃばらずに歌唱の邪魔をしないこと。ここぞと言うときに打楽器(梵鐘などを含め)の使用で、場を引き締めること。合唱を巧みに使い、常に舞台に奥行きを与えること。ただ、言葉をたたみかける場面で歌がつんのめりがちになり、オケが立ち遅れるシーンも見られた。歌に合わせるか、オケに合わせるか、ここでの棒さばきは、大友にとっても難しかったろう。いずれにせよ、ステージがいよいよ熱気を帯びたのは確かだけれども。
 黛の手腕は「金閣寺」でも明らかだが、この「古事記」でも、ドイツ語に音楽を適宜沿わせ、声を浮き上がらせる手慣れた書法を見せる。歌手陣はいずれも堂々たる歌いぶりだが、やはりスサノオとアマテラスが出番も多く、とりわけスサノオの歌唱が光った。
 常に前衛の尖端に立ち、書法をめまぐるしく変えた黛は、やがて日本の伝統音楽への回帰を謳い、右傾化した政治的発言を繰り返すようになった。「古事記」という国生みの物語は、日本の創世記をテーマとしたものだが、それを他国の言語であるドイツ語で、ストラヴィンスキーの影響や12音列を彼なりに咀嚼した西欧の書法に徹し、このオペラを遺したことに、ある種の感慨を覚えずにいられない。ある意味、彼の中の東西の文化の混淆を如実に表すオペラだったと言えようか。 











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