#  388

鈴木理恵子&若林顕〜デュオ・リサイタル VOL. U
2011年12月1日 @津田ホール
Reported by 悠 雅彦

鈴木理恵子 (violin)
若林顕 (piano)

 包み隠さずいえば、演目予定にあったヒナステラの作品が聴きたかった。と言えば演奏者には失礼かもしれないが、実のこと鈴木理恵子の演奏を聴いたこともなければ、ヴァイオリニストとしての彼女のことをほとんど知らない。ただ、いつだったか若林顕の演奏には強く惹きつけられた経験があり、それがこの演奏会に行ってみたいと思う気持を後押しした。
 ヒナステラの「パンペアーナ第1番〜ヴァイオリンとピアノのためのラプソディ」は後半の第2部で演奏された。ヒナステラは世を去って20年近く経つが、色合いが異なるとはいえ教え子のアストル・ピアソラとともに20世紀のアルゼンチンを代表する作曲家。あるいはヴィラ・ロボスやポンセとともに南米の代表的作曲家というべきか。パンパスといえばラプラタ川下流域の有名な大草原のことだが、パンペアーナは「大草原風」。大きな変転を遂げたヒナステラの作品中では第2次大戦直後の民族主義的なニュアンスの濃い作品で、私は「ミロンガ」とか「クレオール舞曲集」に惹かれる中でこの曲と出会って好きになった。3曲ある「パンペアーナ」の中でチェロのための第2番,オーケストラ作品の第3番以上にこの第1番がラプソディックな曲調ゆえか親近感を感じる。鈴木はこのラプソディックな情動的表現を的確にとらえて、シャープなアプローチが光る好演を展開してみせた。この曲には全2楽章のそれぞれにカデンツァがある。彼女の演奏は地に足の着いたテクニックとロジカルな構成力とが調和し合ったカデンツァ表現で、他の3曲の演奏とはやや趣を異にする、荒っぽくさえ聴こえるほど覇気を前面に出した弾きっぷりで目をみはらせた。それ以上に印象的だったのは、いきおい前のめりになりそうな曲調の陥穽にはまることを知的に回避したように見えるほど,若林のピアノとの呼吸が絶妙だったことだ。この点についていえば、この夜の全4曲すべてに2人の息のそろったバランスのよさが際立っていたことを指摘してよいだろう。
 当夜はベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第10番(ト長調 op. 96 )を皮切りに、プロコフィエフの「ヴァイオリン・ソナタ第1番(ヘ短調op. 80 )が第1部。後半がヒナステラとフランクの傑作として名高いソナタ。

 冒頭のベートーヴェンで初めて鈴木理恵子を聴いた率直な印象は、全体として演奏も解釈も誠実で型破りなところがないこと。演奏家によっては一か八かの危険な瀬戸際を歩む魔力を発揮する人もいる。ジャズなどではむしろこういうタイプの演奏に魅力を感じることが少なくないが、鈴木はまさにその正反対。正攻法のアプローチで、密度の高い演奏を展開する。最後のフランクはその典型的な好例だった。意外性の面白さにはかけるものの、正攻法の充実した演奏が約束されれば、これほど安心して聴ける演奏もない。素直な喜びを弓に託した演奏を、こちらも素直に、うなづくようにして聴いた。
 情動性が聴く者の心を刺激するヒナステラ演奏の魅力と、高密度のバランスが全体の均整美を生みだすフランク演奏の、その中間でポジティヴな鈴木理恵子らしさを発揮したのがプロコフィエフではなかったかと思う。ヒナステラ作品とほぼ同じ第2次大戦直後に書かれたプロコフィエフのソナタで、彼女はこの夜最もエモーションを前面に出した、自己を剥き出しにするかのようなテンションの高い演奏を披露した。陰影に富む神経のこまやかな表情付けを疎かにすることなく、高密度の力感を感じさせる演奏といったらよいか。ここでの若林顕の競い合うかのごとき、されど自身の持てる力を存分に発揮してみせた迫真的な演奏(バックアップ)を称えたい。
 最後に特筆しておきたいのは、興味をそそる意欲的なプログラムのこと。ベートーヴェンも、フランクも、名曲という点では文句なし。そこにヒナステラとプロコフィエフをおいた演目の妙。ヒナステラもプロコフィエフも演奏される機会は極めて少ないが、誇張するなら前2者に負けず劣らず素晴らしい作品。それらをプログラムに載せるかどうかはすべて演奏家次第だ。とりわけこの夜のコンサートは、どの曲も息を抜けない楽曲を並べて、そのうえ全力投球の充実した演奏を展開したという点で、鈴木理恵子と若林顕のこのデュオ・コンサートを聴く者に感銘を誘う、格別に聴きごたえあるものにした。VOL.. 3 への期待も膨らむというものだ(2011年12月4日 記)



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