#  389

アレクセイ・リュビモフ〜プレミアム・ライヴ/ロシア・アヴァンギャルド
2011年12月6日 @すみだトリフォニーホール
Reported by 悠 雅彦
Photos by 三浦興一/提供:すみだトリフォニーホール

 公演場所は表記のようにトリフォニーホール(墨田区・錦糸町)。しかし、正確にはトリフォニーホールの “ステージ上” というべきかもしれない。というのは、この夜のコンサートはステージ上のグランド・ピアノ(スタインウェイ)を4重、5重に取り囲むようにセットされた特設鑑賞席に、150人ほどのファンを招いて催した特別な演奏会だったからだ。聞けば、来場者はホール主宰の<ロシア・ピアニズムの継承者たち>のために来日した演奏者の会場販売ディスクを購入した人々、とか。音楽愛好家の関心を喚起し、独自の運営を展開してホールに足を運んでもらおうと苦心しているホール運営サイドのこうした努力とアイディアには敬意を表したい。この夜のコンサートはまさに特別演奏会の名に値する、たった一度の例外的な演奏会だった。

 先ず、並んだ演目の楽曲に目が吸い寄せられた。スクリャービンとペルト以外の4人は名前を聞くことすら滅多にない。アンドレイ・ヴォルコンスキー、ヴァレンティン・シルヴェストロフ,ティグラン・マンスリアン、カリーナ・ウストヴォルスカヤらの、私たちが特に絵画を通して知っている<ロシア・アヴァンギャルド・アート>のアヴァンギャルド音楽が、目の前で再現されるとなれば期待に胸躍らぬわけはない。
 定刻通り7時半に柔らかな表情で私たちの前に、楽譜を小脇に抱えて姿を現したリュビモフ。最前列に座った人たちはまさにリュビモフの息づかいが聴こえたに違いない。私が座った席はピアノの背に近く,リュビモフの顔がほぼ正面に見える。手の動きは分からないが、ペダルを踏む足の動きが見えるため、耳に入ってくるサウンドとペダル操作の間の微妙な揺れや関連性を実際の音として捉えることができるという、ふだん体験できない貴重な機会を得た。

 それにしても、15年ほど前に初来演したとき、識者を感嘆させたリュビモフの新鮮な音楽性と時代を突き刺すような鋭いピアニズムは健在で、ピアノの前に身を沈めるや否や気を持たせるような構えも見せずに無造作とでもいいたい間(ま)でヴォルコンスキーの「厳格な音楽」の最初の音が空に飛んだ瞬間の、凝縮されたソヴィエト・アヴァンギャルド・アートの音楽美には心がシャワーを浴びたかのような感動を憶えた。キエフ・アヴァンギャルドという呼称は初めて耳にしたが、その中心人物だったというシルヴェストロフの「悲歌」及びプログラムの最後を飾った「ピアノ・ソナタ第2番」での、たとえば前者の耽美性や後者のソナタにおけるモティーフになるハーモにーの連鎖と対照的でもある複雑な構造性などは、ロシア・アヴァンギャルドの多様な局面に焦点を当てようとしたリュビモフの眼目の一環なのだろう。プログラムの中で名の通っているスクリャービンの「ピアノ・ソナタ第9番」にしても、「黒ミサ」の名のもとともなった独特の神秘和音がリュビモフの手にかかるとこんなに抒情的に聴こえるとは。ちなみに彼は譜めくりもすべて自分の手で行ったが、そのスムースで神経こまやかなこと。そんな中でこの「黒ミサ」だけは譜面台を収納して暗譜で演奏した。何度も演奏したレパートリーなのだろう。静かといえば、熱心な聴衆の物音をたてないようにとの心配りにも感心した。ステージ上の床は音が響く。耳障りな靴音がまったく聴こえないのに、いちばん驚いたのはリュビモフだったかもしれない。しわぶき1つ聴こえない静寂さがこわいくらいだった。
 アルメニアの作曲家マンスリアンの「ノスタルジア」。鳴った音に別の音が入った滲み効果。ここには白の和紙に墨汁の書画が滲み出すようで、その静寂さが印象的だった。当夜,最も強くアピールした作品はペルトの「パルティータ op2」と、ショスタコーヴィチの愛弟子だったというウストヴォルスカヤの」ピアノ・ソナタ第5番」。後者では、記憶があたかも山彦となってかえってくる構成とサウンド効果が迫力に富む。強打された音がペダル操作によるエコー効果となって闇に沈んでいく美しさ。場面がどう変わろうとこの音が寺院の鐘のように絶えず鳴る。のみならず、聴いている私たちの脳裏にもこの音が響く。つまり記憶の糸のように闇から甦るのだ。一方,ペルトの前者は近年の脚光を浴びる前の、12音技法なども用いていた初期の前衛作品だが、急緩急の展開を軸にしたドラマを目の当たりにするようで心躍った。パルティータという古い形式が現代に甦って舞踏の渦をつくり出す.個人的には、リュビモフの研ぎ澄まされたタッチから怒濤のように押し寄せるクレッシェンドのウェーヴに共感したこともあってか、この作品に強い親近感を憶えた。この2曲の演奏が当夜のベストと聴いたが、それ以上にクラシック音楽におけるロシア・アヴァンギャルドの一端と表現にこめられたパワーの在りようがよく理解できたという意味では印象に深く刻み込まれる演奏会。アンコール曲の「5つのプレリュード」(スクリャービン)と中世教会音楽に傾倒した時代の成果として評判になったアルヴォ・ペルトのティンティンナブリ様式作品「フォー・アリーナ」を含む真摯な演奏が堪能できたまさに格別な演奏会で、リュビモフの本領が発揮された胸に迫る一夜であった。(2011年12月10日 記)











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