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ドヴォルジャーク/オペラ「ルサルカ」
2011年12月6日 @新国立劇場
Reported by 丘山万里子
Photos by 林 喜代種

歌手:O.グリャコヴァ(ルサルカ)
   P.ベルガー(王子)
   B.レンメルト(イェジババ)
   M.シェロミアンスキー(水の精ヴォドニク)
   B.ピンター(外国の公女)他
指揮:J.キズリング
演出:P.カラン
美術/衣装:K.ナイト
照明:D.ジャック
演奏:東京フィルハーモニー交響楽団
合唱:新国立劇場合唱団

 美しい幻想とメルヒェンの世界である。序曲冒頭、不穏なチェロの響きから立ち現れる抒情的旋律がこのオペラの行方を示す。ステージ上には小屋があり、そこで水の精ルサルカが、狩りに来る王子へのかなわぬ恋を嘆いている。隣室には水の精の父と慕われるヴォドニク。水底を表すスクリーンの揺れ動くブルーの中、整然と並んだベッドに眠る水の精たちが起きだして、「ホウ、ホウ」と叫びながら楽しげに歌いつつ踊り回る。ワーグナーのオペラを思わせるシーンで、このオペラに一貫して流れるワーグナーの影響がすでに透けて見える。ベッドは彼女たちとともに回転し、観ているこちらも目が回りそうになる。なぜベッドなのか、演出の思惑は理解しがたいけれども。そんな中、独りベッドに伏せるルサルカ。ヴォドニクに自分の心を打ち明け、諭される。ここまでで、ヴォドニクや、ハープを用いたルサルカのライトモティーフが示される。やがて水面に大きな月があらわれ、そこから、魔女イェジババが現れる。ここにもイェジババの呪文のモティーフが。彼女の助けによって、ルサルカは人間の姿にかわる。ただし、言葉を一切しゃべれない、という条件つきで。この、月への祈りの有名なアリアがじつに美しい。しっとりと、王子への憧憬と深い悩みを訴える。このオペラには、数々のアリアがあるが、このアリアが白眉である。人間に変身した彼女を象徴するのは、ブルーに輝く美しい靴で、童話「シンデレラ」を思わせ、勘所で使用される。
 湖を訪れた王子のモティーフはホルンによって示される。ルサルカに一目惚した王子との熱烈な抱擁。想いを遂げたルサルカとともに、王子の宮殿へと向かう。ここまでが第1幕。
 第2幕は宮殿での結婚式の祝宴の場。言葉が話せないルサルカは王子にどんなに語りかけられても返事が出来ず、演技でのみで想いを伝える。難しいシーンだが、清純さと哀しさを十全に表現し、出色の出来である。一方の王子も輝かしく力強い演唱だが、どの場面でも張り切り過ぎで、平板になるのが唯一の欠点と言えば欠点。もう少し表現に段差をつけて欲しいところだ。もの言わぬルサルカに業を煮やした王子は、宴に現れた外国の公女に心を移し、ルサルカを捨ててしまう。ブルーに統一されたルサルカの衣装が冷たい月を写したものであるのに対し、公女の纏うのは太陽の情熱を表す鮮やかな黄色の衣装。両者の対称を際立たせている。
 第3幕は、心を改めた王子が自分にかけられた呪いから解き放たれるために死を願うシーン。ルサルカからの死の接吻を望む彼は、彼女の悲痛な接吻とともに死を迎える。
 さて、この先が、独特の演出。スポットライトを浴びたルサルカの歌唱の裏で、なんと王子が起きだし、闇へと消えてゆくのである。え、生き返ったの?と思っていると、冒頭の場面で現れた小屋がせり出してきて、彼女は元気よく、その小屋に入り、王子の人形のようなものを窓辺に置く。
 演出家はそれを乙女の成熟、あるいは少女的おとぎ話の世界からの脱却としているが、 果たしてそれが妥当かどうか。賛否の分かれるところだろう。「愛の死」はワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」、つまり愛による死における魂の救済を語り、そこどまりだし、ルサルカも本来、そうしたオペラなのだが、演出家はそれに抵抗し、冒頭のシーンを見せることによって、再生(回帰ではない)を示すのである。人間の成長物語として。
 筆者としては、余計なこと、と思う一面、これもありかな、と判断に迷うところだが、やはりおとぎ話はそれとして、強引に現実に引き寄せる必要があるかどうか、疑問というのが正直なところだ。
 歌手たちは、どれも秀逸で、オーケストラもドヴォルザークのロマンティックな旋律をよく歌い、J.キズリングの棒のもと、ハープやホルンなどに託されたモティーフを浮き上がらせつつ、ここぞと言うときには音を炸裂させ、ステージを盛り上げた。
 舞台装置はきわめてシンプルで、スクリーンに多くを物語らせる。昨今、スクリーンの多用で、装置を簡素にする傾向が強いが、このオペラもそう。今回はほとんど水の世界のことなので効果的に幻想をかきたてて納得できるが、どのオペラでもあまりスクリーンに頼るのは安直では、という気がする。
 ともあれ、演出についてはそれぞれの受け止めがあろうが、とりわけルサルカの歌唱が抜群で、月への祈りのアリアが、いつまでも耳に残る秀演であった。  











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