#  392

エフゲニー・ザラフィアンツ ピアノリサイタル
2011年12月12日 @東京文化会館小ホール
Reported by 伏谷佳代(Kayo Fushiya)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)

≪プログラム≫
シューマン:パピヨンop.2
       森の情景op.82
ショパン:ポロネーズ 第6番変イ長調「英雄」op.53
<休憩>
ショパン:ポロネーズ 第7番変イ長調「幻想」op.61
リスト:ソナタ ロ短調

*アンコール:
ショパン:ポロネーズ 第10番
モシュコフスキー:愛のワルツ

エフゲニー・ザラフィアンツ(Evgeny Zarafiants)は1959年ロシアのノヴォシビルスク生まれ。幼少より天才と謳われ16歳でモスクワ音楽院付属のグネーシン音楽学校へ進むも、プログラムによれば「青年の純粋さゆえに招いた不本意な出来事に遭い」モスクワ音楽院への道は閉ざされる。以降、旧ソ連の地方を転々としながら研鑽を積んだという曰く付きの経歴をもつピアニスト。国際的に注目されるようになってからは34歳の時に参加したポゴレリッチ国際コンクール(カリフォルニア州・パサデナ)で第2位に入賞してからで、その類い稀な個性の全貌が徐々に明かされるにつれ、世界中が瞠目した。現在はクロアチアに居を構え、数多くの録音がいずれも高い評価を得ている。


鏡像的輝きとディストーション

冒頭の『パピヨン』で、まずこちらの聴覚の虚を突くような、グロテスクともいえる両手のバランスの妙にクギ付けにされる。聴き手に安心感を与える類のものではない。アンバランスが一定して続き、喩えは悪いが調律の不確かなピアノをランダムにかき鳴らしているような印象を与えることもある。しかし、ひとつのパッセージを個々の音に分解して捉えたとき、その粒子は何と清澄で瑞々しい輝きに満ちていることか。不揃いのまたたきが波となって押し寄せるときの幻想味はひと方ならない。タイトルである「蝶々」の気まぐれな飛翔の七変化というよりは、ザラフィアンツが固有に設定する非常に高いテンションの次元があり、是が非でもその高みにしがみつこうとする-----そのひりついた切迫感こそが、音楽運びの影のスパイスとなっていたようにおもう。打鍵を立体的に構築するのではなく、あくまで平面上の物理的なアクションとして捉え、すべての光彩を鏡の一面へ封じ込めるがごとし。その鏡像的ピアニズムには賛否両論あろうが、すこぶる個性的である。光は屈折することもあるが、時にナイフのようにぎらりとした鋭利さをもって感情をえぐる。


メリハリの効いたプログラム構成

この傾向はシューマンとリストのあいだに挟まれた、ショパンのポロネーズ2曲でも充分に効果を上げていた。『英雄』での激情とメランコリーとの歪(ひず)みの激しいピアニズムは、弾丸の攻めの部分では血も凍るような戦慄を表出する一方で、感情が退いてゆく部分では音楽は遠のくのではなく静止する。唐突に無が訪れるといってよい。それが逆にこちらの想像力を掻き立てる。『幻想』では、前曲と同一調性ながらやわらかで粘り気のあるタッチに趣を変え、叙情たっぷりに歌い込む。ときに歌い込みが過ぎてテンポが緩み冗長さを生むほどだが、こうした部分でもハッとするほど鮮やかで硬質な単音が浮かび上がる瞬間があり、局部拡大的にきらびやかさがパッセージに付与される。クライマックスの低音部を一転して硬い音質にチェンジしたのは、直後に配されたリストのソナタへの密やかな導線であろうか。


ミクロ・レヴェルに生命が息づく

研ぎ澄まされた音質を増幅させた『ソナタロ短調』は、まさに音の神殿にふさわしい迫力である。ザラフィアンツ・マジックともいえる、多彩なる音の光彩の屈折と圧縮、そのせめぎ合いをこれほど見せ付けられる楽曲はそうないだろう。華やかな技巧の部分よりも、さりげないパッセージや凪の部分こそが白眉である。あたかも、霜柱が一瞬の蒸気でふと緩むような、ミクロ・レヴェルでの営みのやわらかな光に気づかせてくれる。ときに不揃いの音像は、互いに融和したり相殺し合うこともある。そのリアルさが得難い鮮度を湛えているのが、ザラフィアンツの音楽である(*文中敬称略)。  









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