#  393

ゲルハルト・オピッツ『シューベルト連続演奏会』第3回
2011年12月13日(火) @東京オペラシティ・コンサートホール
Reported by 伏谷佳代(Kayo Fushiya)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)

ゲルハルト・オピッツ(Gerhard Oppitz ; pf)

≪プログラム≫
シューベルト:ピアノ・ソナタホ長調D157
        12のドイツ舞曲D790
        3つのピアノ曲D459a
        <休憩>
        ピアノ・ソナタ変イ長調D557
        即興曲集D899

*アンコール
        3つのピアノ曲D946より第2曲

2010年よりスタートし、毎年2回ずつ計8回を4年間で完結させる名匠オピッツの『シューベルト・ツィクルス』。昨年に引き続き、その第3回を聴いた。ジャーマン・ピアニズムの正統なる継承者と称されるオピッツの演奏は、ゲルマン的な厳格さ、周到なるスコア分析をまろやかな円熟の境地にまで高めた末にある、ハーモニーの暖かなる整合性として結実している。個々の音は存分な歌心に遊びつつ、ハーモニー全体として見たときに見事に帳尻が合っている、とでもいえようか。「俯瞰力」などという単語では到底収まりきらぬ、楽曲との長年の対話による良い意味でのこなれ感、場の空気をも含めたあらゆるインスピレーションとの共振、そうした次元での得がたい一体性を成すものである。


作曲家が先か、奏者が先か-----その至上の世界

鍵盤に手が置かれるや否や、奏者の主張を飛び越して抒情が泉のごとく湧き出ることに気づく。『ソナタD157』では、第1楽章アレグロ、第2楽章アンダンテを通し、シューベルトの思弁性の豊かさは多彩なるタッチの推移によってあくまでフィジカルに実現されてゆくように見える。指のムーヴメントがそのまま揺らぎに満ちた豊穣なる歌を成してしまうのだ。終楽章では丹念に音を積み重ねながら強固な響きのブロックを構成してゆく。一音が全体をも含み込むような豊かな含有は、常に風通しがよく、流れが硬直することなくせせらぎは維持される。続く『ドイツ舞曲』では、舞曲だからといって殊更にリズミックな面が強調されることはない。あたかも音の奔流の出口をボルトで固定したかのごとき安定感を、敢えて前面に出す。骨組みの提示はエッセンスのみとし、メロディに特化する。聴き手は「オピッツ流の」抑制された律動に包まれて思い思いの気分へ沈む(或いは浮く)ことができるわけであるが、気がつくとシューベルトの夢幻の世界へと橋渡しされている。「作曲家が先か、奏者が先か」の境界が著しくブレる、聴き手にとってはうれしい瞬間である。


こうした奏者本人の「カバー力」ともいうべきひた寄せる波長は、とりわけ初期作品に見られる楽曲の構造的な不備をおぎなって余りある。感情の襞(ひだ)へ同化するとき、構造云々は二の次となる。意図の汲み取りに100%傾注することから生じる、混じり気なく濃密な世界。プログラムのラストに配された『即興曲集D.90』は、その高密度の音宇宙を堪能するのにうってつけであった。抜群の指の運動性の表面を、深い霧で包み込んだかのような第2番(円滑と停滞が背反的に同居する)、清明なる響きを打ち立てつつも、風前の灯を慈しむような温もりが同時に支配する第4番等、理屈で割れぬ美の真髄をあじわった。一種の「ぼかし」感覚と受け取ることもできるが、印象画ふう、とは一風異なる。点描された細部のどこかとどこかを結べばおぼろ気に方向性が見えてくる、といった作為的なところは微塵もない。それぞれの音の粒子が平等に息を吹き込まれ、そよぐ。ときにゲルマン流に仮借ない音圧が表層に現れても、内側では細部が清らかに蠢(うごめ)く。その別次元を守り、際立たせるために堅牢なテクニックはあるのだ、と素直に納得させられる。芸術における技術の立ち位置を、オピッツはさらりと提示している(*文中敬称略)。

【関連リンク】
http://www.jazztokyo.com/live_report/report304.html  









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