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ロヴロ・ポゴレリッチ ピアノリサイタル
2011年12月15日(木) @東京文化会館小ホール
Reported by 伏谷佳代(Kayo Fushiya)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)

ロヴロ・ポゴレリッチ(Lovro Pogorelich; pf)

≪プログラム≫
リスト:『巡礼の年第1年スイス』より「オーベルマンの谷」
     バラード第2番ロ短調
     『伝説』より「波を渡るパオラの聖フランチェスコ」
     <休憩>
ムソルグスキー:『展覧会の絵』

*アンコール
リスト:悲しみのゴンドラ
ラフマニノフ;プレリュードハ短調
リスト:灰色の雲

ロヴロ・ポゴレリッチは1970年クロアチア生まれ、弱冠13歳でリサイタルを、15歳でコンチェルト・デビュー を果たした。兄であるイーヴォ・ポゴレリッチのようにコンクールがらみのセンセーションを経由することもなく、10代後半より世界各地で演奏会を重ねることで着実に評価を固めてきた。90年代はじめに1年間パリを拠点にした以外は、母国であるクロアチアに居を定め、ザグレブ大学やザグレブ音楽院で教鞭をとるほか、1999年にバグ島に夏期音楽祭を創設、現在に至るまで芸術監督を務めている。


ヴァラエティ豊かな音列のシークェンス、ヴェルヴェットのごとき光沢

コンサート・ピアニストとして徹底して現場で叩き上げたキャリアのみならず、そうした広い意味での芸術生成の場に関わっているからか、この日の演奏は終始人間的な成熟を感じさせる、地に足がついた大人の音楽であった。いい意味での安定感が聴く者をつつみ込む。第一部はリスト・イヤーにふさわしく、作曲家の円熟の境地をあらわす曲ばかり3曲。あたかも作曲家の「思い」の核心へと耳を傾けるかのような、鍵盤の奥底までを問診するようなやわらかな打鍵が印象に残る。立ち昇る豊かな詩情を、その残響を、弾きながら楽しんでいる余裕も伝わってくる。「オーベルマンの谷」中盤における盛り上がりでは、パッセージを構成する個々の音色の響きの連鎖が見事であり、息をのむ。指が鍵盤に振り下ろされるのではなく、逆に鍵盤のほうから盛り返してくるかのような、目くらましにも似た幻惑を覚える。先行する音が纏(まと)う余韻を次に来るグルーヴへ上乗せし、幾重にもわたる層を成してゆくこうした術は、『バラード』や「波を渡るパオラの聖フランチェスコ」に至ってより一層の華やかさを放っていたようにおもう。ロヴロ・ポゴレリッチの武器は何といっても、多種多様な性格のパッセージのパターンを、無尽蔵ともいえる程にその手の内に備えていることである。クリスタルの繊細で煌びやかな明滅を思わせる視覚的なものから、土埃を巻き上げるかのような野太く馬力の効いたものまで、そのダイナミック・レンジの広さ、音列のシークェンスの迅速な切り替え能力には舌を巻く。エキセントリックな要素を多分に含んではいるものの、すべての音の粒はヴェルヴェットのごときなめらかな光沢を放つまで均され、鞣(なめ)される。抜群に腰の据わりのよいグルーヴが生まれてくる所以である。


後半の『展覧会の絵』は、過去に2度録音していることからも、ロヴロの十八番でありライフ・ワークとなる1曲なのであろう。ピアニスティックな面から見ても、タッチの深度、音色の振幅、ストーリィ構成における音の照射の角度等、豊穣なる多面体を成すものであった。この曲はオーケストラ編成でもしばしば演奏されるが、1台のピアノの隅々までを駆使し、豊富な色彩のパレットで楽しませてくれた。物語に「会話」と「地の文」があるように、この大曲に至っては装飾音やエキゾチックな音調のパッセージはもちろんだが、それ以外の「地の音」の部分が、ロヴロの手にかかると実に粘りよく脈打つ。優れた奏者にはジャンルによらず当てはまることだが、ひとつのアクションが絶えず複数の効果をあげてしまう。容易に定義されぬ曖昧さを含み、しばしば正反対の要素が共生する。「リモージュの市場」での甘美さと押し出しの良さとが相まった音の乱射、「バーバー・ヤーガ」での静寂へ向かいつつぐいぐいと音圧を増してゆく余韻等、わすれがたきシーン展開が脳裏に焼き付けられる。ひとつとして同じ瞬間はないのである(*文中敬称略)。  









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