#  396

イアン・ボストリッジ/テノール・リサイタル
2012年1月10日 @東京オペラシティコンサートホール
Reported by 佐伯ふみ
Photo by 林 喜代種

【曲目】
フランツ・シューベルト

水鏡 D949
冬の夕べ D938
星 D939
歌曲集〈白鳥の歌〉D957より:
愛の便り、兵士の予感、春のあこがれ、セレナーデ、わが宿、遠い国で、別れ、アトラス、彼女の姿、漁師の娘、まち、海辺にて、影法師

昨年3月の来日が東日本大震災のためキャンセルとなり、改めて開催された延期公演。オール・シューベルト・プロ。休憩なしの1時間半、たっぷりとシューベルトの世界にひたり、新年早々、とても幸せな時間を過ごすことができた。

ボストリッジもピアノのグレアム・ジョンソンも、あるがままの音楽をぽんと差し出すような、節度のきいた音楽づくり。とくにジョンソンの、ペダルの使用を最小限に抑えたドライな音づくりには感嘆した。シューベルト歌曲のピアノは、饒舌にしようと思えばいくらでもできる。けれどもジョンソンは、細部をこれみよがしに浮き立たせることはしない。ここぞとピアノが出て行きたくなる箇所でも、すっと出てすっと消える。そのバランス感覚が絶妙。シューベルト晩年の、いっさい感傷の甘さのない絶対的な孤独を表現するのに、この音楽づくりはいかにもふさわしい。また、ボストリッジの声の特質が映えるよう、音量といい残響といい、非常に緻密に計算されたピアノでもあったと思う。

ボストリッジの歌でとくに素晴らしかったのは、全般に暗く容赦のない曲調にふっと明るい光が差しこむ、場面転換の表現。たとえば〈冬の夕べ〉の第3節、〈兵士の予感〉の第2節。ほんのわずか、しかしはっきりと色合いが変化する。薄日がさすような、淡く柔らかい光を想起させる表現が、なんとも心地よい。
一方、暗く深刻な内容のテクストでは、同様に節度のきいた表現ではあるが、はっと胸を衝く鋭さがあった。〈冬の夕べ〉の後半、「ここに居たくないなら、出て行くまでのことだ」の so geht er fort の苦く毒々しい響き、〈わが宿〉の最後、シニカルに突き放す「苦悩が私の中に住みついてみじろぎもしない」は忘れられない。〈遠い国で〉では韻を踏んで畳みかけるフレーズが繰り返されるが、ピッチをぶらさげ気味にした表現が非常に効果的だった。

全般にピアノとの連携は素晴らしいもので、例をあげればきりがない。〈兵士の予感〉の不気味な前奏、〈春のあこがれ〉第3節の末尾 warum? warum? から4節への橋渡しのフレーズ、〈遠い国で〉の第2節から3節へのわざと音色を濁らせた苦い間奏などなど、ピアノが繰り出す素晴らしい音楽を、歌もまた絶妙の間合いで受け取って、緩急自在、一瞬も音楽の流れが滞ることはない。〈わが宿〉をはじめピアノが歌の旋律をなぞる箇所も多々あるが、まるでボストリッジが2人いて重唱をしているみたい。音色といい間合いといい、まさに息の合った、完璧なコラボレーションだった。

圧巻はやはり最後の2曲、〈海辺にて〉と〈影法師〉。ボストリッジの声も最高に伸びやかに、心ゆくまで表現をしつくした観があった。「幸うすいひとの涙 unglucksel’ge Weib」の心を締めつける切ない響き、「はげしい苦痛にもろ手をよじっている ringt die Hande vor Schmerzensgewalt」「ぼく自身の姿 meine eigne Gestalt」の叩きつけるような苦悩の表現は、ながく記憶に残るだろう。

アンコールは、プログラムで喜多尾道冬氏がコメントしているとおり、《白鳥の歌》の最終曲〈鳩の別れ〉だった。効果的な選曲である。長く続く温かい拍手に応えて、もう1曲、〈月に寄す〉が演奏された。  









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