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東京オペラ・プロデュース プロコフィエフ作曲 オペラ「修道院での結婚」
2012年1月15日 @新国立劇場中劇場
Reported by 佐伯ふみ
Photos by 林 喜代種

【キャスト】(Wキャストの2日目)

メンドーザ(バリトン):村田孝高
ドン・ジェローム(テノール):塚田裕之
ルイーザ(ソプラノ):岩崎由美恵
フェルディナンド(バリトン):和田ひでき
ドゥエンナ(メゾソプラノ):勝倉小百合

指揮:飯坂 純
演出:八木清一
管弦楽:東京オペラ・フィルハーモニック管弦楽団

 『修道院での結婚』は1940〜41年の作曲、初演は戦後の1946年プラハ。プロコフィエフのオペラを生で観られるとは。しかも喜劇である。この作曲家の知られざる一面を体験させてもらえた、たいへん貴重な公演であった。

 全4幕、ロシア語。プログラムの岸純信氏の解説が、鑑賞の手引きとして大変参考になったので、そこからの抜粋をさせていただきご紹介したい。原作はイギリスの喜劇作家リチャード・シェリダンの戯曲。スペインを舞台とする筋書きで、「良家の娘を見張るお付きの老女」を意味する Duenna というのが原作のタイトル。友人から、この戯曲を新作の台本に使ってはどうかと紹介されたプロコフィエフ。第1幕を読んですぐに「これはきっとモーツァルトやロッシーニ風のオペラになるぞ」と喜び、さっそく作曲に取りかかったという。
 この「モーツァルトかロッシーニ」の言葉を聴けば、伝統的な作曲技法で聴きやすく、屈託なく笑える楽しいオペラに仕上がっていることは、納得がいく。完成から初演まで間があいたのは、第二次大戦の影響である。

 成り上がりの大金持ちメンドーザは、貴族ドン・ジェロームに共同出資で事業をやろうと持ちかけるついでに、娘ルイーザを嫁にくれと談判する。儲け仕事に目がくらんだドン・ジェロームは二つ返事で承諾するが、ルイーザには恋人アントニオがいる。ルイーザから相談された家政婦ドゥエンナは、一石二鳥の妙案を思いつく。自分がルイーザになりすましてメンドーザと結婚し、そのどさくさにまぎれてルイーザとアントニオの結婚を父親に認めさせてしまおうというもの。その戦略の詳細は省くけれども、なるほど上手いことを考えると納得の妙案である。
 一方、ルイーザの兄フェルディナンドの恋人クララは、強引に自分をものにしようとしたフェルディナンドの態度に傷ついている。継母との生活にも嫌気がさして、ついに家出を敢行、修道院に入ってしまう。しかし、居なくなったクララを探して狂奔するフェルディナンドの姿を見て、本当に自分を愛してくれているのだと思い直したクララは、フェルディナンドと修道院で結婚式を挙げることになる(これがタイトルの由来)。ふた組のカップルがなんとか上手く鞘におさまる一方、ドゥエンナもまんまとメンドーザとの結婚を成功させる。花嫁が入れ替わっていることを初めて知って、悔しがり逃げ出そうとするメンドーザを押さえつけ、一同、大合唱で幕。

 4幕の枠で合計3組のカップルを誕生させてしまうという強引な筋立てなのだが、不思議なことに、なんの破綻も無理も感じず、わかりにくさもない。3組のカップルそれぞれのキャラクターもきちんと書き分け、狂言回しの大金持ちメンドーザとドン・ジェロームもそれぞれ個性的な人物としてくっきりと造形されている。秀逸な台本(戯曲)なのである。

 そしてまた、プロコフィエフの音楽が面白いこと。楽器の扱い、凝ったリズムの躍動感、歌とオケの絡み。音楽を聴いているだけで飽きない。もちろん、スペインの明るさを表現したのであろう、色彩豊かでファンタジックな舞台装置や、オーソドックスだがこうした演目には非常にふさわしいと思えた衣装など、全般的によくできた舞台であった。しかしこの演目に関しては、プロコフィエフの音楽が圧倒的な存在感を発揮している。
 特に主役4人の重唱の場面、幕切れの大団円の合唱は忘れがたい。そこだけでも、できることならもう一度、再生ボタンを押して聴きなおしてみたいと思ったほど。才気に満ちた緻密な作曲技法と、あふれる歌心。プロコフィエフの天才がいかんなく発揮された名シーンであった。

 歌手にとっては、旋律の音をとることがまず非常に難しかったろう。しかも歌詞はロシア語である。それに、シリアスなドラマよりも喜劇のほうが、演じるのはずっと難しい。歌手にとっても、オーケストラにとっても、非常にチャレンジングな舞台であったろう。しかし、歌手たちはそれぞれよく演じきったと思う。あえて何人かを特筆するとすれば、やはり出ずっぱりのメンドーザ(村田孝高)の芸達者ぶりをまず挙げなければならないだろう。また、多分に筆者の声の好みではあるが、ドン・ジェローム(塚田裕之)とルイーザ(岩崎由美恵)のすかんと抜けた美声は特に印象的だった。他の役もぜひ聴いてみたい。

 少しだけ残念なのが、これだけ充実した舞台なのに、客席の拍手が少ないなぁというのが、いつも東京オペラ・プロデュース公演で感じること。今回、4人の重唱のシーンでは、さすがに感に堪えたような拍手が自然に湧いた。それを聴くかぎり、客席にはかなりの音楽通、オペラ通が多いのだろう。それだけに点が辛く、生半可な演奏では拍手をする気になれないのかもしれない。しかし、拍手喝采の華やかさ、舞台の歌手たちを応援する温かさも(身びいきでいいのだ)、オペラには必須のものではないのだろうか? まるで試演会のような客席の冷え切った雰囲気、拍手をしたくてもできないような厳しいムードでは、せっかくの熱演であっても楽しさは半減である。オペラを楽しみたいと思って足を運んでくる一般の観客は、この雰囲気にはかなり戸惑うことだろう。サクラのブラボーだっていいではないか。聴衆の側にも、舞台と一緒になって公演を盛りあげていく気運が生まれることを期待したい。  











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